第一章 4、「道化師の招待状」(3)

 

「お探しいたしました」
 少年は深々と、その道化師の扮装にふさわしい芝居がかった仕種でお辞儀をした。それはあたりに立ち込める緊張感とあいまって、さながら白昼夢のようでもあり現実味に乏しく感じられた。
「探すって……誰を?」
 だがそれは聞くまでもなかった。彼の目がまっすぐ見つめているのはシエロ唯ひとりだ。
「なるほど……。最近どうも誰かにつけられていると思ったらね。しかし一体俺に何のようだい? 悪いけど、今ちょっと立て込んでいてね。他に割ける時間があまりないんだ」
 首を傾げて微笑むシエロに、道化師もまた苦笑したようだった。
「いえいえ、さほどお時間は取らせません。ただ、我々のご主人があなた様をお屋敷にご招待したいとの旨……。どうかお聞き届け願えませんでしょうか」
「うぅむ。いま俺たち人探しの真っ最中なんだ。……もし、嫌だって言ったらどうしようか?」
 悪戯っぽく、あるいは挑戦するかのようにシエロは少年を見る。少年も大げさな仕種で悩み始めた。
「困りましたね。こちらと承諾して頂いた時の指示しか受けておりません」
「ならば、主のところに戻って命令を受けなおしてこい」
 警戒を解かぬまま兵士がそう言い放つ。いつでも戦闘体制に入れるように手は軽く剣の柄に触れていた。
「そういう訳にもいきません。我々が主人に叱られてしまいますからね。申し訳ありませんが、どうしてもお聞き届け願えないのでしたら多少乱暴な手段を取らせて頂きます」
 ぱちんと指を鳴らすと、通りの遮蔽物、建物の隙間から次々と人影が姿を現し始めた。その数は軽く十指に余る。
 すっと兵士の目に殺気が宿った。指が剣の柄を握り込む。あたりに広がる不穏な空気にジェムの心臓は高鳴った。これから起こるであろう惨劇が予想され、指先が細かく震える。
 だがそんな緊張を、ぱんっという乾いた音が粉々に打ち砕いた。
「仕方がないなぁ」
 打ち合わせた手のひらを引き剥がし、やれやれとシエロはため息をつく。
「そんなに熱烈に歓迎されちゃあ、断るわけには行かないじゃないか」
「分かって頂けましたか」
 道化師がにっこりと笑う。ジェムも深々と息を吐いた。この先が何が起ころうと、彼にとってはここで争うよりは何倍もマシであった。
「だけどねぇ、そこの道化師君。当然ながら彼らも招待してもらえるんだろうね」
「ええ、もちろんでございますとも。お連れさまもご一緒にとのことです」
 ジェムと兵士を指し示したシエロはうんうんとうなずく。そしてさらに言った。
「じゃあ、もうひとつ。これから案内してもらう先には、火の民の少年もいるのかい?」
 ジェムははっと顔を上げ、シエロと道化師を交互に見た。
 道化師は厚く化粧を塗った唇をゆっくりと吊り上げ、深々と頭を下げる。
「申し訳ございませんが、それはこの道化師めの口からはお答えしかねます」
「了解。分かったよ。じゃあ、案内してもらおうか。君たちの御主人さまのところへね」
 シエロは満足げにうなづく少年の後に続きながら、そっとジェムに耳打ちした。
(飛んで火に入る鴨ネギだね)
 それはかなり違うだろう。びっくりして振り返ると、たまたまそれが耳に入ってしまったらしい兵士の、同じように複雑な顔が見えた。
 それにほっとしてしまう自分が、なんだか少しせつなかった。