第一章 5、「黒い羊愛好家」(3)

 

 ジェムとシエロはまじまじと兵士を見た。
 これには本当に驚いた。どれくらい驚いたかと言うと、腰が抜けてどこかにすっ飛んでいってしまうかとジェムが思ったほどだ。
「何をそんなに驚愕している」
 二人の驚きように、兵士の方も眉根を寄せた。
「臨時の雇われ警備兵用の腕章を付けていただろう」
 普通そんな細かいところまで気をつけて見てませんから。ジェムはがっくりと肩を落とした。ついでにシエロのほうにも視線をやるが、彼もまた呆れたように苦笑いをしていた。
「ええっと、じゃああなたはおいくつなんですか?」
「十九だ。まあ、それもあと数週間のことだがな」
 はっきりと返されたその答えに、ジェムは(失礼ながらも)驚き、同時にいぶかしく思った。
 それでは彼は巡礼に出てすぐに成人年齢に達してしまうではないか。
 それとも巡礼使節の年齢は出発時に未成年なら構わないものなのだろうか。
 すると隣でシエロがぽんと手を叩いた。
「もしかするとギュミル諸島の代表者かい? あそこの人々って平均寿命がとても長いから、二十二歳になってはじめて成人って認められるんだよね」
 兵士は鷹揚にうなずいた。
「そう。私はギュミル諸島代表のゼーヴルム・D・ラグーンと言う」
 納得はしたものの、今までてっきり彼を二十代中盤ぐらいであろうと思い込んでいたジェムである。何となく釈然としない気分が残ったのだが、それもある意味仕方あるまい。
 元々同年代であっても、北の人間より南に住まう人間の方が肉体的には成熟して見えるものだ。そのうえゼーヴルムは昔から同郷の人間の中にいても、その貫禄ゆえにか実年齢より上に見られがちだったらしい。単に老け顔だったと言えなくもないが。
「しかしどうして君は警備兵なんかやってたんだい?」
 シエロが首を傾げた。
「私は集合日よりも二ヶ月ほど早くこの街に着いた。暇を持て余していたところ人手が足りないとのことでこの街の警備兵に声を掛けられた。神殿に人がそろったら知らせてもらうように頼んでいた」
 その肝心の依頼が神殿に伝わっていなかったのは、お役所仕事のゆえんと言うことか。
「なるほど。俺とおんなじだね」
 シエロはにんまりと笑う。ただしシエロは単に遊びまわっていただけみたいだけど。ジェムは心の中でこっそり付け足した。
 そんな中、ジェムはふととんでもないことに思い至った。
「あのぅ、と言うことはもしかすると、そんなことはけしてないだろうとは思っているんですけど。まさか……ゼーヴルムさんはバッツさんが巡礼使節だっていうことに気付いてたんじゃないんですか?」
 おずおずとたずねるジェムに、彼はあっさりと答える。
「ああ、そうだ」
「ええっ、じゃあ何で彼を逮捕しちゃったんですか!?」
「巡礼使節だからと言って、罪をなかったことにはできんだろう」
 さも当然と言わんばかりに、彼は眉をひそめる。
「巡礼者であろうと、一般市民であろうと罪は罪だ。罪人は牢屋に入れる。それに変わりはない」
 言いたい事はわかるが他にやりようがなかったのだろうかと呆れるジェムである。
「じゃあさ、もし本当にバッツくんが大陸に帰されちゃったらどうするつもりだったんだい」
 何がそんなに面白いのか、シエロは笑いを堪えながら疑問をゼーヴルムに投げかけた。軽薄を形にしたようなシエロに対しても彼は生真面目に首を振る。
「それはないと確信していた。遠からず神殿が奴の身柄を引き取るとわかっていたからな」
「でもぼくらがたずねて行った時は彼を釈放してくれなかったじゃないですか」
「おまえたちは神殿の委任状も警備隊の許可証も持っていなかっただろう。事情はわかっていたがそれだけで釈放するわけにはいかない。いくら特例だからと言っても、そんなことを許せば秩序が歪む」
 この石頭は本物の岩さえ敗北するかもしれない。
 飽くまで頑なな態度を崩さない彼に、ジェムはいっそ感心の念すら覚えるのであった。