番外編 「猫は無邪気な夜の姫君」

 


 

「あ、猫だ。カワイィ〜」

 ここは潮風の吹く街、東の貿易港メルカトール。
 港からまっすぐ続く最も賑やかなメインストリートで、立ち並ぶ街路樹の一本を見上げた亜麻色の髪の女狩人・フィオリトゥーラは黄色い歓声を上げた。

「あ、本当ですね。可愛らしい猫です」

 遠く北の地からやって来た学生・ジェムも同じ所を見上げて相好を崩す。
 張り出した枝の上には真っ黒い毛並みの猫が、ちょこんと小さくうずくまっていた。


 

 ジェムとフィオリは五大神殿の命を受け世界を回る巡礼者、少年巡礼使節だ。

 そんな彼らがこのように呑気に港街を歩いているのにはもちろん理由がある。

 ジェムたちは同じ巡礼の仲間であるゼーヴルム――何も告げずに一人でギュミル諸島へ向かってしまった青年を追うために、船の出向を待つ数日間港での滞在を余儀なくされていた。
 早く出発したいのはやまやまなれど、肝心の足が無いのでは仕方ない。されど宿で苛々しながら船出の時を待っているのもかなり神経に悪い。

 そんなことから彼らは現在、気晴らし兼時間潰しの買い物に出ているのであった。

 ただし年を理由にスティグマは宿で留守番。女の買い物に付き合うのは真っ平だと主張するバッツは別行動を取っている。
 そのため買い物部隊の主たるメンバーは彼らを除くジェム、フィオリ、そしてシエロの三人だった。

 旅の途中である彼らは余計な荷物を増やすことを極力避けなければならないが、見ているだけでも珍しい品々が集まる世界最大の貿易港は充分に堪能できる。そしてちょっとしたお土産も入手したりなんかして、彼らがほくほくと宿に帰る――事件はそのさなかに起きた。


 

「まだ小さいから子猫なんでしょうか」

 ジェムは樹上を見上げたまま首を傾げる。夜を思わせる黒毛の猫は、ミャアとか細い声で鳴く。なんとも庇護欲をそそられる愛らしい声だ。
 これまでほとんど動物と接する機会を持たなかったジェムですら、そのいとけなさには心打たれるものがあった。

「本当に可愛いですよね、シエロさ……」

 そうやってもう一人の巡礼者の同意を得ようと振り返ったジェムは、しかしそこで思わず目を見張ってしまう。金髪碧眼の美青年、ヴェストリ(西の)大陸からの巡礼者シエロ・ヴァガンスはいつの間にやら、自分たちから10メルトルほど離れた場所にぽつねんとたたずんでいた。

「……シエロさん?」
「うんんっ? なんだい?」

 声が裏返っている。

 本人は冷静を装っているようだが、はっきり言ってかなり挙動不審だ。
 おどけたり人をからかうことはあっても、いつもこちらが呆れ返るぐらい余裕たっぷりなあのシエロとは思えない態度である。

「えぇっと、いったいどうしたんですか? もしかすると具合でも悪いんでしょうか」

 ジェムは心配そうにシエロにたずねた。
 揶揄やいぶかしみから遠く離れた、彼の身を案じるだけの優しい言葉であったが、シエロはあからさまに視線を逸らす。

「い、いや。何でもないよ」
「何でもないならこっちに来てよ。ほら、可愛い猫がいるのよ」
「あ、ああぁ。可愛いっ! 可愛いのは分かったから俺の3メルトル以内には近づけないでっ」

 不満げに手を引くフィオリに、シエロは必死の形相で抵抗していた。
 下手をすればそのままごろごろ転がってでも逃げてゆきそうな様子である。

「あの、そのシエロさん」

 尋常でないその態度に、さすがのジェムもようやく何事か気付き始めた。まさかと笑い飛ばしたい気持ちはあるものの、それでもやっぱり確かめずにはおられずジェムはおずおずと声をかける。

「シエロさんて、もしや――、」
「猫が苦手なの?」

 遠慮がちに問い掛けようとするジェムを押しのけ、フィオリがずばりと訊ねた。シエロはぎくりと肩を震わせると、ぶんぶんと慌てた様子で首を振る。

「いえいえいえっ。そんなはず無いでしょうが、まさかこの俺が――、」
「苦手なんですか?」

 しかしジェムのまっすぐな視線に耐え切れず、シエロはくっと唇を噛み視線を逸らした。

「耳が三角でなく、にゃあにゃあ鳴かず、爪が出たり引っ込んだりせず、虹彩の形が変わらない猫なら大丈夫だともっ」
「いや、それはすでに猫じゃないですから」

 ジェムはすっぱりとシエロに突っ込みを入れる。シエロの頬が赤く染まった。
 たぶんそれは自分でも分かっていたのだろう。それでもあえて弁解せずにいられない辺り、彼の中に根付く確かな自尊心を感じさせた。

 ――ちょっと悲しいプライドだ。
 

(だけど、なんだか意外な話だなぁ……)

 唖然としたジェムは、悪いと思いながらもついまじまじと彼を凝視してしまった。

 ジェムにとってシエロは欠点という欠点の見当たらない非の打ち所の無い人物だ。
 ゼーヴルムあたりが聞けばいくらでも異論は出てくるだろうが、なにしろ美人で強くて学もあって精霊魔法まで使える。
 基本的に不器用なジェムにとって何でもできるシエロは憧れの対象だった。

 もっともその偶像が崩れたからといって、シエロに失望したりはしない。むしろそんな弱点を知って彼を身近に思えたぐらいだと、ジェムはふふっと小さく微笑んだ。

「でも本当に意外ですね。シエロさんが猫を苦手にしているなんて」
「むしろなんで猫なんかを怖がるの? 別にそんなおっかない存在でもないでしょうに。それとも猫に対して何か嫌な思い出でもあるわけ?」

 ジェムより数倍容赦なく、フィオリはシエロを問いかける。自分より頭二つ分は小さな少女に追及され、シエロは無理やり口元に笑みを浮かべた。

「いやいや、残念ながら期待に応えられるような面白可笑しい思い出話は持ち合わせていないよ。俺の住んでた所に猫はいなかったから、咬まれた記憶も引っかかれた思い出もない。それでもどうしてだか駄目なんだよねぇ」

 三メルトル以内にはどうしても近寄ることができないし、視界に入れただけでも鳥肌が立つ。触れるなんて論外だし、月夜に光るあの双眸と眼が合ったりしたらたぶんそれだけで、蛇に睨まれたカエルのように一歩も動けなくなってしまうだろう。
 普段はそんなこと気取られないように充分注意を払ってはいるけれど、本当は街中で見かけるのも嫌なくらいにシエロは猫が苦手だった。
 もっともその理由はやっぱり本人にも分からない。

 ホント、どうしてなんだろう。とシエロは再度首を傾げるけれど、フィオリはずばりその理由を一言で推察した。

「もしかすると単なる気のせいなんじゃないの?」
「……いや、さすがにそれは無いかと」

 あまりにも無茶な返答にシエロはがっくりと肩を落とす。しかしフィオリはなんとも愉しそうな笑顔を浮かべ、シエロの腕をがっちり掴んだ。

「分からないわよ。食わず嫌いって良くあることじゃない。それと同じで意外に傍にいれば平気かも知れないじゃない。だからほら、早くこっちに来てみなさいよ」
「それは遠慮すると……っ、だから無理やり引っ張らないでってば!」
「まぁまぁ、そんなこと言わずにぃ」

 泣きそうな顔で抵抗するシエロと嬉々として猫に近付けようとするフィオリ。
 まるで対照的な様子の二人を見て、ジェムはさてどうしようかとおもむろに思案に暮れた。
 シエロのことを思うならば止めてあげるのが一番だけれど、どうやら彼に対して苦手意識を持っていたらしいフィオリがこれを期に完全に彼と打ち解けられるのなら、それもまた結構なことだろう。
 何が皆にとって一番良いことかと首を傾げて考えていたジェムは、ここで久々に事の始まりになった黒猫を眼にとめた。

 ジェムの頭よりもずっと高い位置にある枝に、子猫は先程からまったく変わらぬ姿勢で留まり続けている。
 しかしここまで足元で大騒ぎしていて逃げ出さないとは、この猫はよっぽど大らかな性格をしているか人に慣れているのかのどちらかだろう。あるいは――、

「――あっ! 待って下さい、二人ともっ」

 切羽詰った響きを帯びるジェムの声に、呑気な言い争いに励んでいたシエロとフィオリは何事かと視線を向ける。

「あの、ぼく思ったんですけど……」

 ジェムは困惑気味の表情で樹上の黒猫を指差した。

「もしかするとこの猫、樹から下りられなくなっているんじゃないでしょうか」


 
 


 

「ほらほら、こっちにおいでってば」

 フィオリが枝に向かって腕を伸ばしても、猫はいっこうに動く気配がなかった。

「確かにこれは降りるに降りれない状態のようね」

 うぅむとうなってフィオリは指を引っ込める。くだんの黒猫は身を縮め込ませてみゃあみゃあと切ない鳴き声をたてていた。

「猫が木から下りれないって、そんなことってあるのかい?」

 ジェムたちより数歩離れた場所から、シエロがやや視線をそらし気味に枝を見る。
 むしろそこまで苦手なんだったらいっそ見なければいいのにとジェムは思うのだが、まぁそれは今言わなければならないことでもないだろう。

「子猫ならたまにあるかしら。降り方が分からなくなっちゃってそこで固まっちゃうの」

 やんちゃで後先考えないのはどんな生き物の子供でも同じということか。
 こういう場合、普通だったら人間が木に登って救出してあげればいいだけの話なのだが、

「この木だとちょっと無理そうですね」

 ジェムはむぅと眉をひそめた。
 猫が下りられなくなったこの街路樹は、高さがあるにもかかわらず幹も枝もひょろりと細い。たぶん人の体重に耐え切れず上ったらぽっきりと折れてしまうだろう。

「どうやったら助けてあげられるかしら」

 フィオリも困ったように猫を見る。

 無理やり枝を揺らしても爪を立てて落ちないように必死で枝にしがみ付くだろうし、何よりそれは可哀想だ。かと言ってこのままここに放置しておいても衰弱してしまうかもしれない。なるべく早めに助けてあげなければ。

「あ、そうだっ。シエロさん、風霊魔法で猫を降ろすことはできませんか」
「お、俺がぁ!?」

 シエロがこの世の終わりでも知ったかのように声を張り上げる。名案とばかりに眼を輝かせる二人にシエロは必死で手を振った。

「いや、確かにできないことは無いけどねっ、だけどそれはっ」
「そうね、それが一番安全で確実よね。よろしく頼むわ」
「ちょ、ちょっと、だから俺さっきから猫は苦手だって――っ」
「あら、別に直接猫に触るわけじゃないんだからいいじゃない」
「それとも罪もない可哀想な子猫を助けるのも我慢ならないくらい、シエロさんは猫がお嫌いなんですか?」

 フィオリがあっさりとそう言って唇を尖らせ、ジェムが泣きそうな顔でシエロを見る。
 ジェムとフィオリの二人分の非難を浴びて、シエロはヒクリと頬を引きつらせた。

「い、いえ、さすがにそこまでは……」

 言いませんけど、という言葉がぼそぼそと聞こえる。

「じゃあ助けてくれますか」
「うっ。そ、それは――、」
「助けてくれるわよね」

 否とは言わせぬ勢いで二人はじぃっとシエロを見つめた。

 シエロはかなりの労力を費やして視線を背けようとしていたけれど、それでも無言の圧力には耐えきれない。最後にはとうとう為す術もなく屈服した。
 全面降伏である。

「分かったっ、分かりましたよ! 俺がそこの哀れな姫君をお助けする名誉を授かればいいんだろうっ」

 捨て鉢な態度でシエロは叫ぶ。フィオリとジェムは顔を見合わせると、にっこり笑ってパンと両手を打ち鳴らした。

「ありがとうっ。シエロさんって良い人ですね」
「……なんだか、今は素直に褒められたくない気分だ」

 シエロは深々と重いため息を漏らした。


 

「まったく、ここまで俺に無理を強いられるのは君らぐらいなもんだよ」

 シエロはしぶしぶと街路樹に近付くが、猫の傍に寄るにはやっぱり抵抗があるのか、どうも腰が引けている。
 元々顔の造りが良い分、本気で猫に怯えているシエロの様子はかなり滑稽で間が抜けて見えた。こういう場合美人というのは損だろう。

「精霊魔法というのはそれなりに精神力を使うんだ。一応頑張ってはみるけどね、もし力及ばず猫が落っこちたら君たち自身が受け止めるんだよ」

 シエロはちょっと泣きそうな顔でくどいくらいに念を押す。あくまで猫との接触は拒みたいらしい。もっとも二人はそんなこと分かっていると言わんばかりに、万が一に備え猫を受け止められる位置にさっさと身を置いた。

「じゃあいくからね……」

 シエロは大きく腕を開くと、その柔らかい美声で朗々と呪文を唱え始める。

《――風でありぃ、鳥でありぃ、空の一部である者の名においてぇ……》

 ジェムは思わず腰砕けになった。
 シエロのキー・スペルはこれまでの旅の中で何度も聞いたが、今回は嫌々やっているのが丸分かりなくらい気合が入っていない。これで力を貸してくれるなら精霊というのもだいぶ心が広いのだろうと思うが、実際シエロの術は徐々に効果を表し辺りには風の気配が満ちてきた。

「《我が意を受け、汝の清き翼を借り受けることを許されん。今ここに――……》」
「ダイアナっ!」

 だが突然鋭い声がシエロの詠唱を遮った。
 黒猫はぴくりと素早く顔を上げると、躊躇うことなく枝を蹴る。そしてシエロの頭を踏み台にして、見事に地面に降り立った。

「〜〜〜〜ッッ」

 足蹴にされたシエロは声なき悲鳴を上げてその場に固まるけれど、ジェムとフィオリはそんなもの見えてもいない。ただ慌てて猫を眼で追う。
 黒猫が一目散に向かったのは一人の少年のもとだった。

「ダイアナ、お前今までどこにいたんだよ。心配したんだぞ」

 少年の腕に抱きかかえられた猫は甘えた声で長々と鳴く。帽子をかぶったその少年もまるで宝物のように黒猫を抱きしめた。

「あ、あなたは……」

 ジェムは思わず目を見張る。

「あれ、あんたたち」

 黒猫を抱いた少年も、驚いたように目を丸くする。
 この世の中、時にはこんな偶然も起こりうるらしい。驚くべきことに彼は先日、自分たちにゼーヴルムの失踪を継げた新聞売りの少年であった。

「その子は、あなたの猫だったんですか……」

 ジェムたちは呆然と呟く。
 しかし自分で降りられたのならば、これまでの自分たちの苦労はなんだったのか。
 ぬくぬくと呑気に少年の腕に収まっている黒猫を見て、ジェムとフィオリはがっくりと肩を落とす。

 そして何よりその背後では、岩のように固まっていたシエロが音を立てて倒れたのであった。


 


 

「別に猫に対するアレルギーという訳ではなさそうだよ。たぶん心因性のものだろうね」

 薬のビンより手を離し、スティグマは厳かにのたまった。

 ここはメルカトール滞在の間、ジェムたちが借り受けている宿の一室。
 彼らの傍らにはベッドに身を埋めたシエロが、全身に湿疹を散してうんうんとうなっている。見るからに重病そうな有様だけれど、それでも命に別状はないらしい。

「何というか、猫嫌いもここまで来ると大したものですね……」
「彼の場合、ただの猫嫌いじゃなくて前世になんか因縁でもあるんじゃないの」

 ジェムとフィオリはもはやなんとも言いがたい眼差しでシエロを見下ろしていた。

 彼を病床の淵に追いやった子猫はダイアナと言って、新聞売りの少年の大切な家族なのだそうだ。
 最初は訝しげにジェムらを見ていたものの、少年はジェムたちがダイアナを救おうと奮闘していたという話を聞くと素直に感謝の意を述べた。どうやらこの冒険心豊かな黒の姫君は、暇にあかしてはたびたびこのような騒ぎを起こしているらしい。
 もっとも今日ここまで大騒動になったのには、ひとえにシエロの存在によるところも大きいだろう。

「ほらほら君たち。そんなことよりも先に、彼に言わなきゃいけないことがあるんじゃないかい?」

 スティグマはちょっと眉をひそめると、呑気な少年少女たちを穏やかにたしなめる。はっと顔を上げた二人は、慌ててシエロに向きなおると深々と頭を下げた。

「本当にごめんなさいっ」
「ちょっと調子に乗り過ぎましたっ」

 確かな悪意を持っていた訳ではないものの、嫌がるシエロに無理させてしまったのも事実。むしろからかい半分だった分なおさら性質が悪かったかもしれない。

 さすがのシエロもこの件でだいぶ気力を消耗したらしく、いつもの元気なく、ぐったりとベッドに横たわる様子は見ていてなんとも痛ましい。
 ジェムもフィオリも共に根が素直で優しいため、思いがけず彼をこんな目に合わせてしまったことに本心から反省の念を抱いていた。

 もっともいつもはいつもで彼の素っ頓狂な言動に気力体力共にごっそりと奪われているので、つい意地悪くこれでおあいこになるかもしれないなぁとも思わないでもなかったが。

 濡れた布を額に載せたシエロが、熱に浮かされたような口調でぼそりとつぶやく。

「とりあえず俺の猫嫌いが気のせいじゃないと言うことだけは証明された訳だね」
「も、もう絶対無理強いはしないわっ」

 シエロの猫嫌いを気の迷いだと言い張ってからかっていたフィオリが、ストレートな嫌味を受けてあははと苦笑いする。確かにこれ以上やると彼の場合命の危険もありそうだ。

 シエロは長々とため息をつくと、どこか怯えるような目つきで頬を引きつらせた。

「そうであることを心から願うよ、ホント……」
「とりあえず、これ以上は猫に関わるようなことはもう無いと思いますので――、」

 安心してくださいとジェムが言おうとしたその時、どたどたと廊下を走る音がして扉が勢いで開け放たれた。

「おい、おまえら。ミルクねぇか、ミルク!」

 ぎょっとして振り返ると、足音も荒くバッツが部屋に入ってきた。
 バッツの出身地にはもともとノックという習慣がないので、いきなり部屋に入ってくるのは彼の癖のようなものだったけれど、それでもこんな勢い良く飛び込んでくるのも珍しい。

「どうしたんですか、バッツさん」

 ジェムは首を傾げて砂漠の民の少年を見る。
 珍しくも子供らしい素直さで眼をキラキラさせているけれど、特に何かを買ってきたというわけではないらしい。それになんだかやけに嬉しそうに笑う彼の手には、黒くホワホワしたものがしっかりと掴まれていた。

「ま、まさか――、」

 素早く何かを察したらしいシエロの顔がさぁーっと青ざめる。
 幸か不幸か、そんな彼の予想は神の啓示を受けたかのごとく見事なぐらいに的中していた。

「さっき道端で迷子の猫を拾ったんだ。腹空かせているみたいだから、飯食わせてやっていいだろう?」

 バッツがずいっと突き出した両手の先には、夜を思わせる毛並みの子猫――ダイアナ嬢がミャアと愛らしく鳴き声を立てていた。

 どうやら本日の騒動はこれでお終いにはならないらしい。

 運命の糸で繋がれているとしか思えないこの姫君の来訪に、シエロがメルカトール中に響き渡る悲鳴を上げたとかいないとか。

 けれどもそれは、また別のお話。