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≪五万ヒット御礼企画≫

これは短編『怪しいバイトは真夏の太陽の下で』の番外編です。


10 消毒

 

 「夏の風物詩と言えば?」と問われれば、なにかしらの名称を誰しも一つや二つすぐにあげることが出来るに違いない。
 海水浴、花火、甲子園、キャンプファイヤー、山登りなどなど。夏は楽しいイベントごとには事欠かない季節だ。
 だけど中にはあまり嬉しくない風物詩だってある。
「昨晩さぁ、部屋に蚊が入ってきて大変だったんだよねぇ」
 少し離れたオープンテラスからそんな会話が聞こえてくる。
「耳元でブンブンうるさくて眠れないし、やんなっちゃう」
「えー、マジ災難じゃん。ミポリンついてないー」
「でしょー? 虫除けスプレー撒けばいったんはいなくなるんだけど、しばらくするとまた戻ってくるしさー」
 ちらりと視線を向ければ、夏期講習の帰りなのか。セーラー服の女子高生同士がフラペチーノを突っつきながら親しげに話をしている。
 この年頃の女の子は、クローン人間かドッペルゲンガーかというほど良く似ているため、どちらがどちらなのか無粋な俺には見分けが付かない。もっともミニスカートからのぞく眩しい4本の生足のうち、ぽちりと腫れた虫刺されの痕を痒そうにしているのがミポリンであることは想像に難くはなかった。
「お待たせいたしました、生クリームたっぷりのスーパーデラックス塩キャラメルフラペチーノ、アーモンドスライスとチョコレートソースの二倍掛けになります」
 俺は彼女たちから視線をはずして、クーラーの効いた室内のテーブルに注文の商品を置く。見るからに甘ったるそうで顎が外れかねない飲み物なんだかデザートなんだかを前に、席に着いていた客は目を輝かせた。
「わぁ、ありがとう。健介」
「……お前さ、人のバイト先に来るなよ」
 お冷を継ぎ足す振りをしながら俺はこっそり話しかけるが、そいつは悪びれないのんきな笑顔でこう返してきた。
「えぇー、いいじゃん。俺、健介が普段どんなバイトしているのか見てみたかったし」
 もうこいつは客でもなんでもない。俺は頭の中で素早く意識を切り替える。
 こいつは早乙女昌彦と言って、俺と同じゼミに所属する同級生だ。気前が良くて人当たりも良いこの男は、柔和な笑みが可愛いなどと言われゼミの女どもの間では評判が良いのだが、一方の俺はこいつのその羽振りの良さがどうにも気に食わなかった。まぁ、単なるやっかみと言えばその通りなのだが。
 しかし縁とは妙なもので、少し前から俺は早乙女のアルバイトを手伝うようになった。破格の報酬が見込めるそのアルバイトは苦学生の俺にとっては実に助かる稼ぎとなるのだが、儲けがいいだけあってまともな仕事でないことも確かだった。
「そう言えば聞いてくれよ、健介」
 早乙女はフラペチーノを口いっぱいに頬張りながら俺に話しかけてくる。口の周りに生クリームが付いているが、多分そういうところに女は母性本能をくすぐられて、まんまと可愛いとか言い出すんだろうなと俺は思う。だからと言って真似しようとは欠片も思わないが。
 返事をしなかったのにも関わらず、早乙女は当たり前のように会話を続ける。適当に聞き流そうと思った俺だったが、その話の内容はものの見事に俺を凍りつかせた。
「昨晩さぁ、寝室に落ち武者入ってきて大変だったんだよ」
「はぁっ?」
 返事はしまいと思っていたのに、素っ頓狂な声が口をついて出る。
「ああ、もちろん幽霊ね。本物じゃないから」
 本物であってたまるかよ、と思いつつももっとも幽霊の落ち武者とと生きている落ち武者、どっちがマシかと言われたら返事に困るのは間違いない。
「耳元でガシャガシャ鎧がうるさいし、眠れなくて困ったよ」
 あははははと早乙女はほがらかに笑う。
 怖がっている様子が欠片もうかがえない口調だが、それもそのはず。早乙女がしているアルバイトは幽霊退治のアルバイトなのだ。幽霊退治と言っても大抵は昼間の仕事だし俺としては害虫駆除に近い感覚だが、当の早乙女自身はやはりこういった話題がさらりと口に出る程度には幽霊と縁があるらしい。
「お経を唱えればいったんは消えるんだけど、すぐにまた戻ってきてさぁ」
 嫌になっちゃうよね、と同意を求められても俺はうなずけない。そもそもそういった経験がないのだから当然だ。もっとも、早乙女のアルバイトを手伝っていれば、やがては俺も似たような出来事に遭遇するようになるのだろうか。それはかなり嫌だけれど、金の誘惑には逆らえないのだから仕方がないと割り切るべきか。
「ま、これも夏の風物詩だけどね。そろそろお盆が近いし」
 いや、そうじゃないだろう。そんな夏の風物詩があるのは、お前だけだから。俺は顔を引きつらせるが早乙女は気付かない。
「やっぱりお札貼らないとだめかなぁ。あ、ちなみに俺のお勧めは円楽寺ね。峰願寺もいいんだけど、効果の持続時間の割に高くってさ」
 活用場所を見出せないお徳情報を否応なしに聞かされてうんざりしていた俺は、早乙女の背後に視線を向けた途端ぞくりと背筋が冷たくなった。
「……お前、それ食ったら帰れ」
「あ、オレ健介の仕事の邪魔になってた?」
「いいから」
 強く言い含めると、早乙女はしぶしぶとうなずいてフラペチーノを再び食べ始める。
「じゃあ、次の仕事の詳細については後でまたメールするからな」
 その言葉に適当にうなずいて、俺はホールに下がった。なんとなく店の室温が下がったような気がするのだが、たぶん思い違いではないはずだ。冷房代の節約になるかと一瞬思ったが、いやいや駄目だろうと考え直す。万が一客が体調不良を訴えられたら、下手をすれば食中毒扱いで営業停止になってしまうじゃないか。
 食中毒もある意味夏の風物詩だが、自分のバイト先で濡れ衣はごめんだ。なので早乙女が座っていた席は、あとでしっかり消毒をしなければいけないなとと俺はため息をつく。それとも虫除けスプレーを撒いたほうがいいのだろうか。
「あのまま早乙女にくっついていなくなってくれればいいんだけどなぁ」
 噂をすれば影が差すとは、どうやら人間だけに適用される言葉ではないらしい。
 俺は早乙女の背後に見た古めかしい半透明の手甲を思い出してため息をつく。
 話につられてやってきたらしい落ち武者の気配を追い出すにはどちらがいいかと、俺は後始末に頭を悩ませることになったのだった。

 

 

 

 

10、「消毒」……『怪しいバイトは真夏の太陽の下で』の番外編です。

 

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