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伊坂 幸太郎


 私がここ近年の若手ミステリー作家の中で、これは天才だ! と絶賛しているのがこの方、伊坂幸太郎氏であります。
 
 伊坂氏と言えば、「重力ピエロ」、「チルドレン」といった作品が直木賞候補に選ばれた他、さまざまな文学賞を受賞しているという才気あふるる作家さんですが、その素晴らしさはたぶん作品を一冊も読めばすぐに分かることと思います。
 この方の作品は語り口が洒脱で文章それ自体も面白いと言うのに、さらにとても緻密な構成の上に書き上げられていたりします。蜘蛛の糸の如く縦横無尽に張り巡らされた複線の嵐に翻弄され、まるでお釈迦様の手の上で遊ばれる孫悟空のように我々読者は最後には膝を叩いて、やられた! と喝采の声を上げたくなるのです。

 その特性が一番良く分かるのが、それぞれ五つのストーリーが錯綜する、まるで箱根細工のような物語「ラッシュライフ」でしょう。これもまた、最後にすべての真相が明らかになった時の驚きと言ったら、ホント良い意味で悔しくて悔しくてたまりませんでした。読み終わった次の瞬間には、もう一度初めから読み直したくなる誘惑に駆られます。
 一冊で二回楽しめるお得な本と言えるでしょう(笑)。

 しかし今回、この伊坂氏の本を紹介するに当たって私が選ぶのは、彼の初期作品である「陽気なギャングが地球を回す」と「オーデュボンの祈り」なのです。これは私の大のお気に入りの話だったりします。この二作は伊坂氏の作品の中ではライトノベルズ的な要素が強く、それゆえファンタジー畑の私のつぼにはまったのかも知れません。

 「陽気なギャングが地球を回す」は伊坂氏が最初に獲得したサントリーミステリー大賞の佳作に入選した作品、「悪党たちが目にしみる」の関連作品ですが、これは他人の嘘が判る男、精巧な体内時計を持つ女、演説の達人、スリの名人といったバラエティーに富む四人組の銀行強盗が活躍するクライム・コメディです。
 この話はやはりラストで唖然とさせられる面白さもありますが、何よりキャラクターが強烈です。上記の四人の強盗もそうですが、彼らの家族もまた一筋縄ではいきません。どのキャラとても魅力的で生き生きとしています。そして彼らの会話と言ったら、これまたユーモアに溢れていてそれだけで楽しくぐいぐいと物語に引き込まれていくのです。

 それから「オーデュボンの祈り」。この本は伊坂氏のデビュー作でもありますが、彼の作品中でも一風変わった物語だと思います。
 コンビに強盗(未遂)で逮捕された主人公・伊藤が逃げついた先は江戸時代から鎖国を続けているという不思議な島。そしてそこに住むのは何とも奇妙な人々と人語を喋り未来を語る案山子・優午。しかしその案山子は未来が分かるのにもかかわらず何者かに殺害されてしまうのです。
 伊藤は案山子殺害の犯人と島に足りないと伝えられる何かを探ろうとするのですが、これがまた彼が逃げ出してきた本土の物語とリンクして最終的にはあっと驚かされるようなラストに繋がります。それはまるで複雑なジグソーパズルが組みあがる瞬間を見るようでした。爽快にして感激。これはまさに一見の価値在りです。ついでに関係ないですが、この話には伊坂氏の作品の中で私が一番好きなキャラクターが登場します。まあ、それくらいこの話の登場人物も個性豊かだと言うことです。

 登場人物といえば、実はこの伊坂氏の作品には複数の話にまたがって登場するキャラクターが何人かいます。また起きた事件なども微妙にリンクしており、それもまた読者には大変嬉しかったりするのです。

 最近面白い本にめぐり合っていない人、あっと言わせてもらいたい人はぜひともこれらの作品を読んでみてはいかがでしょうか。きっと満足できるはずだと思いますよ。

(2004/11/19)

(この紹介文は楠 瑞稀の独断と偏見により制作されております。)