≪人に祈りを、宇宙に実りを≫

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『それぞれの理由、それぞれの過去』 <2>

 

 エルダー・バーレイは、海賊組織<ドラゴン・ベイビー>の遊撃隊に所属している二十五歳の青年海賊だ。
 彼はもともと第六宙域にある地球型惑星<リー・ベイ>で、穀物農家を経営している両親の元に生まれた。彼は十六歳まで両親と暮らしていたが、単調であり労働の割にうま味の少ない農家の仕事に嫌気を覚え、単身中央宇宙へ飛び出した。
 そうして人種の坩堝であり、娯楽とビジネス、成功に堕落と、ありとあらゆる物が揃う都会の街に、彼はすっかり魅了されることになる。始めはまだまともに働いていたエルダーであったが、たちの悪い仲間と関わるようになるにつれて、彼は街の暗い部分にどんどん刺激を求めるようになった。
 そしてついには非合法の仕事にも手を出すようになり、行き着いた先は海賊<ドラゴン・ベイビー>の構成員という道だった。
 海賊のボスであるドレイク・シガーは、エルダーにとっては非常に刺激的な男だった。
 気分によって部下に暴力を振るうこともある乱暴な男だったが、普段は気前も悪くないし、なにより獲物に対する嗅覚が優れている。
 始めの頃は、個人所有の小型船や辺境資本の配達船などを襲い小金を稼いでいたけれど、徐々に獲物は大きな物になり、ついには大型旅船や定期船などにまで手を出すようになった。
 <ドラゴン・ベイビー>には、相手の船に乗り移り積み荷を奪う役目の他にも、護衛船を誘き寄せたり囮を買って出たりと、いくつか作業の分担がある。そんな中、エルダーに任された役割は襲撃時に相手をかく乱、撤退時は本船を護衛するという戦闘機での遊撃だった。それは日頃から刺激を求めるエルダーにはぴったりの役目であり、危険である分報酬も上乗せされているので、彼にとっては願ったりのものであるはずだった。
(一匹、逃げやがった……)
 わずかに速度を落とし、小惑星帯に進む戦闘機を確認し、エルダーは口の中でつぶやく。
 どうやら奇襲が成功したようで、被弾して離脱するつもりらしいその機体を、仲間の船が追撃をかけるのがレーダーに映った。
 顔に似合わず用心深いドレイクは、襲撃後は撤退を援護するため、周囲にいつも護衛機を待機させる。それに助けられたことも多いのだが、しかしさすがに、辺境の公営ステーションから追撃があろうとはエルダーは予想だにしていなかった。
 追いかけて来たのは二体の軍用戦闘機。最新の機体ではないけれど、どちらも現役配備されているもののはずだ。つまり、あのステーションは軍の施設だったわけである。
(まったく、聞いてねえぞ)
 エルダーは舌打ちをする。
 同じステーションでも、それが軍の管轄か国の一機関のものなのかによって攻略難易度は大幅に変わる。一応事前の仕込みでステーション内の人数は減らしてあるはずだけれど、それでも厄介なことには変わりないのだ。
 しかも、だ。そもそも面白くないことに、今回はろくな稼ぎがなかったと聞く。
 最近では珍しいくらいの盛大な見込み違いに腹を立て、船長のドレイクは八つ当たりにステーション内にあった出荷間際の野菜コンテナを、恒星に放り込み焼き捨てることにしたらしい。
 それを聞いた時は、他の待機中の仲間と大笑いしたエルダーであったが、その実、彼はなんだかモヤモヤした、落ち着かない気分を胸に覚えていた。そうした感覚は、以前旅客船を襲撃した際、回収した積み荷の中から明らかに田舎から出て来たばかりと思わしき老夫婦の鞄を見つけた時以来だ。
 老人物の衣服などが詰め込まれた垢抜けないその荷の中からは、他にも朴訥そうな老夫婦とその息子一家らしき姿が写ったフォトビジョン、そして贈り物としてラッピングされた、いかにも手作り然とした瓶詰めの漬け物一式が出て来た。
その時もなにやら複雑な思いを抱いたエルダーであり、結局それは金にならないとされダストボックスに廃棄されてしまったことは、しばらく彼の意識の隅に残り続けた。
 そんなことまで思い出しはじめたエルダーは、慌てて首を振って気持ちを切り替えようとする。この程度のことですぐ感傷的になってしまうから、兄貴分達からはやれ田舎者だマザコンだと馬鹿にされてしまうのだ。
 彼は自分が追いかける戦闘機に意識を向ける。軍用戦闘機TP867W<スケアクロウ>――瞬間的な加速力と運動性は同規格の機体の中でも飛びぬけているが、その分かなり扱いに癖が強く玄人好みの船だと聞く。果たしてどんな人間が乗っているのかと思いつつ、彼はその船尾を追いかけた。
 被弾した船を追っているのとは別の、やや離れた所から同じく船を追いかける兄貴分と細かい時間差で機関砲を狙い打つが、神懸かり的な旋回で避けられてしまう。
 しかしそれでも、馬力はこちらの方があるようで、徐々に間を詰めて行く。こうなれば撃ち落とすのも時間の問題だろう。
 <スケアクロウ>は小惑星軌道から外れた巨大な岩塊に向かって、一直線に機体を進めていった。そのまま衝突して自爆するつもりでないのならば、恐らくその陰に入った途端進路を大幅に変えてこちらを引き離そうとする作戦だろう。
 そうはさせないと一気に速度を上げるエルダーだったが、ふいにレーダーにノイズが走る。チャフ(レーダー拡散微粒子)が散布されたのだ。
 小賢しいと腹立たしく思うが、エルダーはその直前小惑星の後ろから逃げるように直進する機体の姿をレーダー上に捉えていた。その手抜かりをあざ笑いながらさらに速度を上げて追いかけるエルダー。しかし、チャフの煙幕を抜けた先に、捉えられるはずの機体の影は無かった。メインディスプレイでも視認できない。
(おかしいぞ――、)
 嫌な予感におぞ気が背後を駆け上る。次の瞬間、機体に凄まじい衝撃が走った。気付けば自分たちのすぐ背後から現れた<スケアクロウ>の機関砲がこちらを狙っている。
(どうして……っ)
 エルダーは慌てて機首をひるがえすが、すでに兄貴分の船が撃墜されているのを知る。機内は警告音を五月蝿いぐらいに鳴っており、エルダーは必死でその場を逃げながら臓物を引きちぎられるような恐怖感を抱いていた。
 頭の隅で、<スケアクロウ>はあえてレーダーで視認できるタイミングで囮(デコイ)を打ち、それを追いかける自分達の背後を、岩塊の表面すれすれを撫ぜるようにループし回り込んだのだという想像が浮かぶ。
 だがそれもすぐに焦燥と恐怖に掻き消された。レーダーからも感じ取れるほど、<スケアクロウ>から放たれる圧迫感(プレッシャー)は凄まじかった。
 あまりの恐ろしさに耐え切れなかったのか、思考が何重にもぶれて取りとめのないことを考え始める。
(――ああ、そういえば)
 あれだけ刺激を求めていた自分だというのに、こんな恐ろしい感覚を知ってしまった今になって、すべてが色褪せ、子供だましでしかなかったことに気付く。
(数年前まで噂になっていた宇宙軍きっての撃墜王の機体も、<スケアクロウ>だったっけな――、)
 無事に生きて帰れたら、田舎に帰って農家を継ごう。
 そんな決意を最後に撃墜されたエルダーは、緊急脱出ポットごと宇宙空間に放り出された。



 なんとか二機の戦闘機を打ち落とし、そこから脱出ポットが排出されたのを確認して、ミノリはほっと息をついた。数年のブランクはあったものの、どうやら腕は鈍っていないようだ。人間、やればできるもんである。
 あとはおっとり刀で取って返し、シナモンを救出しなければ。ミノリは急いで船首を切り返すが、急ぐあまりか、それとも一戦を終えた後の気の緩みがあったのか、ミノリは現役時代からはありえない油断をしていた。
『警告(アラート)! 敵性戦闘機、一機接近中!』
 プラム・エコーからの警告にミノリは反射的に急加速し、機体を横転、大きく旋回しながらその場を離れる。そこに短射程ミサイルが突っ込んできた。<スケアクロウ>はフレアを放ちミサイルをかく乱する。
(私としたことが二回も警告音を聞くまで、気付かないなんて……っ)
 ミノリは自分の甘さに歯噛みする。やはり畑仕事中心の穏やかな生活の中で、戦闘の勘が大きく鈍っていたらしい。
 ミサイル攻撃は切り抜けたが、ミノリは敵の戦闘機に背後をしっかりと取られてしまった。急旋回による蛇行を繰り返しなんとか引き離そうとするが、相手もそれにぴったりとくっついてくる。どうやら先ほどの二機に比べて、操縦士の腕は上らしい。
 そうなると次に心配なのはシナモンのことだ。プラムからの報告がない以上、撃墜されたわけではないと思いたい。だがやはり実戦経験のない彼女を、連れてくるべきではなかったとミノリは後悔する。そんなことを思っているうちに相手は勝負に出てきたようで、敵の戦闘機は機関砲をばら撒きながら速度を上げてきた。これはまずいと、ミノリもまた反撃に移るべく垂直に上昇し捻り込みをかけようとする。
 しかしその直前、敵戦闘機がミノリから離れた。何事かと思ったとき、ミサイルが飛び込んでくる。新手かと反射的に身構えるが、それは敵機を追跡していき、フレアに撒かれ爆散した。
 ミノリはレーダーを確認する。そこに映った船名には覚えがあった。
「ミノリ、ゼルマン三等宙士は無事だ。先に本船を追いかけている」
「ソルト!」
 無線から耳に馴染んだ声が聞こえてくる。信用の置ける増援に感謝するが、彼は救難信号を発信していた船のところに向かっていたはずだ。期間予定は早くても明日になるのではなかったか。
「何でこんなところに。まさか途中で引き返してきたの!?」
「行って帰ってきたところだ。その海域には救難信号を発信する違法な無線装置しかなかった。戻ってくる途中、プラムから連絡を受けた」
「それにしても随分早いじゃないかと……」
 そう言い掛けたミノリははたと気付いて口をつぐむ。だがソルトはあっさりと答えた。
「明日までの出荷作業があったから、急いだ」
 至極当然だと言わんばかりの淡々とした物言いに、こんな場合であるのにも関らずミノリは思わず吹き出してしまった。
「そっか、そうだよね。ありがとう、ソルト」
 おかしさのあまり目じりに浮かんだ涙を拭って、礼を言う。
 偽の救難信号が発信された宙域は、『808ファーム』から片道一日かかる距離だった。だが、それは『一般的な』運行速度での話だ。
 かつてミノリが二つ名で呼ばれたように、ソルトもまた国際連合宇宙軍において『最速』の二文字で知られていた。そんな彼ならばこの短時間で戻ってこられるのも不思議ではない。
(ソルトも、腕は落ちてないということか)
 ミノリは負けていられないとばかりに、自分の顔を両手で叩いて気合を入れる。
「オッケー。じゃあ、さっさとあいつに黒星つけて、シナモンを追いかけますか。ソルト、援護をお願い」
「了解した」
 間髪いれずに返って来る応答。数年ぶりに覚える背後を任せる安心感に、ミノリは微かに懐かしい気持ちを覚える。
(アレから、随分久しぶりだものね)
 もはや何者にも負けるまいと、現役時代の気持ちを甦らせたミノリ・ハタナカ准尉は、唇に浮かべた不敵な笑みをレーダーに映る敵の戦闘機に向けた。

 

 

 

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