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過去からの贈り物

 

 人間味に欠ける無機質な室内。

 空調の低いうなり声が、キーボードを叩く音のわずかな隙間を縫って耳に届く。白い光を放つ蛍光灯が、色彩に乏しい部屋をさらに白々しく見せていた。

 ここは某研究室。

 あちらこちらに散らばった娯楽雑誌と菓子の空き袋だけが、静ひつな牢獄にも似たこの部屋に対する唯一の抵抗として放置されている。

(いや、)

 俺はディスプレイから目を離すと、大きく伸びをした。

(これは同僚の単なるだらしなさの結果だな)

 身体を反らすと自然と時計が目に入る。どうやら今日も仕事仲間の相方は遅刻らしい。ため息を吐きつつ席を立ったとたん、腰に鋭い痛みが走った。

「ってて…」

 思わず涙目で腰をさする。望んで就いた職ではあるが、こう毎日パソコンに向かい合うだけの毎日では、心身共につらいものがある。目はしばしばするし、身体は強張る。ついうっかり自分がまだ若い身空だということを忘れてしまいそうだ。

(だけど今日はアレの日だ)

 それを支えに何とか頑張ろうと思っていると、どたばたと足音が聞こえドアが乱暴に蹴り開けられた。

「わりぃ、寝坊したっ」

 寝癖だらけの頭を手櫛で整えながら、大股で入って来たのはくだんの同僚である。

「遅い。今日はもう来ないものだと思ったぞ」

「まっさかあ。今日はアレがつかえる日だぜ。普段みたいにサボるわけにはいかないさ」

 笑いながら同僚は鞄を無造作に放り投げる。何を考えているのかは知らないが、鞄は見事放物線を描いて史料を保管している棚にぶち当たった。

「あっ、馬鹿! 何してんだっ」

 俺は思わず悲鳴を上げて棚に駆け寄った。そして何一つ欠けたり壊れたりしていない事を確かめて、ほっと息をつく。かわりにふつふつと怒りが込み上げてきた。

「ここには貴重な史料が集まっているんだぞ。もっと気を付けろ!」

「ははは、ごめーん。でも、まあいいじゃん。最近は結構楽に手に入るようになったんだしー」

「そういう問題じゃないだろうっ」

 何を言っても堪える様子のない同僚に、どっと疲れを感じた。

「まあまあ、そう落ち込まないで」

「誰が落ち込ませていると思っているんだっ」

「それより。そろそろアレ、始めようぜ」

 ちらりと時計を見る。確かにちょうどいい時間ではある。

 ため息一つ吐いて、俺はとりあえず同僚にうなづいて見せた。



 奥にある扉をくぐると、そこにあるのは部屋の半分を占める巨大な機械。床から、天井から様々な太さのケーブルが延び、そこに接続されている。

「お待たせ、俺のITMちゃん」

「いつからおまえのになったんだよ」

 喜色満面で機械に抱きつく同僚を半眼で睨みながらコンソールの前につく。

「ほら、おまえもさっさと持ち場につけ」

 電源を入れるとヴィーンと機械の作動音が低く腹に響いた。

「座標は前回と同じでいいよな」

 微調整を加えながら、俺は相棒の言葉に無言でうなづく。

「しかし本当に便利になったもんだよ。この機械無しには失われた文明の研究なんて考えられない。ITMがなければ今でも十年前みたいに、超古代文明なんてなかったなんて見解が常識として学会にまかり通っていたかもな」

「そう思うならちょっとは史料を大事に扱え」

 機械の振動が空気を伝わり、肌をびりびりと震わす。

 ITMが高密度のエネルギーを溜め込んでいるのだ。

 ITM ―― Interval Transport Machine ―― 、正式名称は時空間物質転送装置。

 文字通り、過去の物質を現代に取り寄せる機械だ。

 俺たちは首から下げていたゴーグルを着ける。

「行くぞ」

 全ての調節を終え、レバーに手をかける。

 スイッチを入れたとたん、真っ白な光の爆発が部屋いっぱいに広がった。



 光が収まると、待ってましたと言わんばかりに同僚が機械に飛びついた。

「よっしゃ、今日の獲物は何かな」

「そう慌てなくても逃げやしないよ」

 そう諌めつつも俺も期待を抑え切れない。二人してケースに近づくと、強化プラスチックのカバーを外した。台の上に乗っているのはオフ・ホワイトの立方体。

「これは…本か?」

「本だな」

 そこに在ったのはやけに分厚い一冊の本。

 同僚は素早く隣の部屋から研究ノートを持ってきて、表紙の文字の解読を始める。

「あぁ―、ええっと…。あったあった。これは、ジ…ショ、『辞書』だな」

「『辞書』だって!?」

「おうとも。これが『辞書』ってタイトルの別の本じゃなければな」

 俺たちは顔を見合わせてにやりと笑うと、ぱんと手を打ち合わせた。

「やったな。大成功だ!」

「これで研究もだいぶ進むなっ」

 新品同様の太古の昔の本を手に取り、俺は最新科学のもたらした過去からの贈り物に感謝した。





 さて、大きく時を遡った、とある子ども部屋。

 机の前で一人の少年が首をかしげている。

「ねえー、お母さん。ぼくの辞書知らない?」

「知りませんよ。ちゃんと片付けておかないから――、」

「だって、さっきまで机の上にあったんだよ!」

 少年の口答えに母親は眉を吊り上げた。

「あなた、そう言ってこの間も何かなくしていたでしょう」

「そうだけどさ…」

 買ったばかりなんだから見つけておきなさいと言われ、少年は頬を膨らませた。

「本当にどこにいっちゃったんだろう…。神隠しにでもあったのかな?」

 彼の辞書が時空を越えた贈り物になったことは、誰も知らない。

 



【了】