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チャイムが鳴って学校が終わると、あたしは玄関にかばんを放り投げてすぐに友達との待ち合わせ場所に走った。
だって家の手伝いは夜にだってできるけど、友達とは日が暮れるまでしか遊べない。
あたしが住んでるのは国境のそばにある小さな村。
でもそれはうちだけじゃなくって世界中みんなそうなんだ、って学校の先生は言っていた。
「じゃあそれは、裏山の竜に聞いてみたらどうだろう?」 先生は授業に関係ない質問をするといつもこうやって答える。
村の裏山の天辺には大きな洞窟がある。ぜんぜん日の差さないその洞窟の奥の方には一匹のとても長生きの竜が住んでいる。 今の時代、すぐ近くに竜がいるのはけっこう珍しいことなんだって。
もちろん今はそんなこと全然ない。
だけど竜はとても長生きだから、苛められていた時のことも人間よりずっとよく覚えている。だから竜はたいてい偏屈な性格をしているんだって。
でもうちの村の竜は偏屈と言うよりかは、はっきり言って「変」。
あたしは友達といっしょに枝になっている木の実をつまみながら、裏山のてっ辺まで登った。そしてそこにぽっかりと大きく開いている真っ暗な穴に向かって叫ぶ。 「ねぇっ! 竜いる?」
わずかにくぐもった声がしてあたしたちは顔を見合わせる。そしてどんどんと洞窟の奥に向かって歩いていった。 洞窟の中は真っ暗だけど、少し歩くとそのうち目が慣れてくる。穴の奥のさらに奥にうずくまるようにしているのは、たぶんあたしの家と同じくらい大きな生き物。 もちろん竜だ。 何故たぶんなのかと言うと、あたしはこの竜を明るいところで見たことが一度もないから。竜はたいていこの洞窟の奥の暗いところでじっとしている。 「竜、ちゃんといるじゃないか。どうしていなくもないなんて、曖昧な言い方をするんだよ?」 金物屋のジョーイがぷっくりと頬を膨らませる。竜は大きな目をぱちくりと瞬きさせると、いつものように鼻を鳴らした。鼻の穴から小さな炎がちょろりと覗く。 「ふむ、まあ君にしてはいい質問だね。君たちが僕に呼びかけた時、僕はちょうど思考の最中だった。思考とはすなわちインナースペース、心象宇宙を旅する行為だ。だとすれば僕の心はここにいながら同時にここではない遠い世界に存在していたということになる。つまりは存在と不在が同時になされていたわけだ。だとすればそれはいなくもなくさらにいるでもないということと同じことだとは思わないかね」 「…訳がわからないよ、竜」 ジョーイが渋い顔をした。 竜の声はガラガラとしていて、まるで岩と岩をこすり合わせているように聞こえる。でもすっかりそれに慣れているあたしたちには聞き取れないということはない。 「それはともかく君たち、手と口がずいぶんとカラフルだ。山ブドウはもうすっかり食べ頃のようだね」 あたしたちはお互いの手や顔を見合う。あたしたちの身体のあちこちは山に登りながら摘んで食べた木の実の所為で紫色になっていた。
「はい、これ竜の分」 仕方なしにあたしが口の中に落とした山ブドウの実を竜はもしゃりもしゃりとやりながら、「うん、これはうまい」と目を細めた。 どうやら喜んでいるらしいけど、それならうちの犬の方がずっと愛嬌がある顔をしている。だし汁を取ったあとの骨をあげると、犬はとっても嬉しそうに尻尾を振るし。
「竜、そんなに食べたいなら洞窟を出て食べに行けばいいのに」 あたしがそう言うと竜はふんと鼻を鳴らして首を振った。 「そこまでしてまで食べたいと思わないよ」 竜はかなり出不精だ。滅多に洞窟を出ることはない。
「もしかして竜は外が怖いのかよ」 怖いもの知らずのケビンが鼻の穴を広げて竜を馬鹿にした。 あたしたちがおいおいと思ったように、さすがの竜もむっとしたようで、ケビンに向かって鋭い牙の並んだ口をぐわっと向けた。 「僕を弱虫呼ばわりするのかい。あんまり僕を侮ると、ぱっくり一口で飲み込んでやるぞ」 丁寧に研いだばかりのような真っ白な牙。布団くらいの大きさのある真っ赤な舌がなめらかに動く。
「お、俺知ってるぞ! 竜は人間は食べないんだって。親父から聞いたんだぞっ」 すると竜はつまらなそうに鼻を鳴らした。 「ふん。可愛げのない子供だな」 だけど竜はそれでも誇るように顎を仰け反らす。 「確かに僕は人間なんか食べないよ。でもね、僕はもっとすごいものをお腹に収めたことがあるんだぞ」 竜は言った。
「僕は太陽を飲み込んだことがあるんだ」
あたしたちは顔を見合わせるとやれやれとため息をついた。
「竜の嘘つき! 太陽なんて飲み込めるわけないじゃない」
あたしがイーっと歯をむくと竜は空っとぼけてそう言う。 「だけど太陽はちゃんと空に二つ揃ってるわよ」 粉屋のトリシアが洞窟の外を指した。 「それは残った太陽が寂しそうだったから吐き出してあげたんだよ」 と、これまた澄ました顔。 「太陽はとても熱くってね、だから僕は炎を吐けるようになったんだ」 竜は息を吸い込むと、あたしたちの足元に向かってぼおっと炎を吐いた。
その時、ふとあたしは今日来た目的を思い出し振り返った。 「ねえ竜、村の外ってそんなに良いところなの?」
そう答える竜の目は、なんだかわずかに細まっていた。
それから数ヶ月が経った頃。
いつもなら二ついっぺんに空に昇っていくはずの太陽が、いつの間にか交互に昇るようになり、気が付けば夜がぜんぜん訪れなくなってしまったのだ。
でも、これは異常でもなんでもなくて、数十年に一度ある自然現象なんだと先生は言っていた。
一週間雨が降らず、二週間経っても降らず、一ヶ月丸まる雨が降らなくなって、さすがに大人たちも焦り始めた。
どうやら山脈をはさんだ隣の国ではちゃんと雨が降っているらしい。むしろ洪水が起こりそうで困っていると行商の人は言っていた。それなら少しは分けて欲しいものなのに。 畑の野菜は元気がなくなり、魚が泳いでいた川はすっかり干上がった。そしてとうとう村の井戸水までもにごってしまった。 このままでは何も飲むものがなくなってしまう! 大人たちはからからに乾いた畑の縁にぼんやり腰掛けていて頼りにならない。
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