≪人に祈りを、宇宙に実りを≫

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『招かれざる客』 <2>

 

『あら、無粋ねぇ』
「プラム、なにがあったの?」
 ここまで迷子になった子供のように所在無さげな顔をしていたミノリだったが、チャイムの音を耳にした途端、即座にファームの局長としての顔を取り戻し、毅然と管理AIに詳細を要求する。
『救難信号およびメッセージを受信したわ。ボイスメッセージではなくて、テキストメッセージね。エンジントラブルにより、ステーションへの立寄許可を求める、ってことらしいわよ』
「救難信号か、最近多いわねぇ」
 大きなトラブルが発生したというわけではなさそうだ、ということでミノリはほっと息をつく。
「ええ、分かったわ。許可をする旨を伝えてちょうだい」
『了解。……でもこの船、ちょっと気になるのよねぇ』
「気になるっ?」
『でも、特に根拠がある訳じゃないかいから、言ってみれば機械の勘ってやつかしら』
「機械の勘ってなによ、勘って」
 シナモンが半眼になるのを無視して、プラムは答える。
『船名<ドラゴン・ベイビー>の船長、ミスタードレイクから応答あり。協力感謝する、って。やっぱりテキストメッセージね。船内時間で30分後にドッキング予定よ』
「テキスト形式の通信だなんて、随分古風だなぁ。エンジンだけじゃなく通信装置にもトラブルがあるんっすかねぇ」
 スコッチが不思議そうに首を傾げ、ミノリもそれにうなずこうとしたとき、彼女ははっと気が付いた。
「いやだっ、お客様がくるのにこんな格好じゃ出迎えられないじゃない!」
 ミノリは自身を見下ろして悲鳴を上げる。彼女が身にまとっているのは汗と土でドロドロの作業着だ。彼女は自分の姿を恥ずかしいとは思っていないけれど、確かに人を迎える格好ではない。
「スコッチとシナモンも。あなたたちはお客さんと顔を合わせることはないかも知れないけど、念のため着替えといて」
 そう言い残した彼女は、「出荷間に合うかしら……」と不吉なつぶやきをし、慌てて居住スペースへ駆けて行く。
 残されたスコッチとシナモンはお互い顔を見合わせてから、ゆっくりミノリの後を追って行った。どちらにせよ、彼らの着替えも居住スペースの自室にしかない。
「ねぇ、先輩。局長って……」
 居住スペースに足を踏み入れ、そろそろ足の向く方面が分かれるかというとき、ふいにシナモンは口に出した言葉を飲み込んだ。
 さすがにここにいない、しかも上司である人の話を勝手に聞き出す訳にはいかないと思ったのだ。そしてその代わりに出たのが、
「プラムってどうしてあんなに偉そうなのかしら」
 膨れっ面が言葉に出たようなその声に、スコッチは思わず吹き出す。そしてシナモンに睨みつけられ、慌てて咳払いをして誤摩化した。
「そうだなあ。やっぱそれだけ稼働年数が長いんじゃないかな。学習練度を見るに、かなり長い間、動いてるんだろうしな」
 基本的にプラムのような人工知能は、生まれた時はまっさら、いわば知識だけを持った赤ん坊のような状態だ。それを徐々に人と交わることによって、情緒や感情に相当する自然な反応を獲得し、複雑な自立思考を形成して行く。プラムほど人間臭いAIであれば、元来のスペックに加え、相当の経験を積んでいると見るのが妥当だろう。ちらりと視線を上に向けて、そうスコッチは答えた。
 ステーションは隅から隅まで、プラムの管理下にある。どこであろうと(下手すればプライベートな空間までも)プラムに把握できない場所はない。この会話もあのAIは気付いているだろうと思いつつ、スコッチは会話を続ける。
「俺は嬢ちゃんが来る一年ちょっと前に来たわけだけど、その時にはもう今と変わらなかったし、たぶんこのステーションができた時に、どっかから移植されたか株分けされたかしたんじゃないかな」
 スコッチもきちんと確認をした訳ではないけれど、おそらくこのステーションがまともに稼働を始めたのはつい最近、ほんの数年前のことだと思われる。設備は辺境のステーションらしく何代か前の旧式の物が多いけれど、ミノリの愛する農耕機械などはちぐはぐなまでに最新型の物が揃っている。恐らく、ミノリがこの『808ファーム』の初代局長なのではないだろうか。そして、このステーションの管理を行う前に、プラムがどこで稼働していたかはなおさらよく分からないことだった。
「ふぅん、そうなのね……」
 シナモンはつぶやき、「やっぱりロートルなのね」と唇を尖らせた。
「そう言えば、先輩はどうしてここに来たんですか?」
 若いが故の無邪気さと無鉄砲さでそうたずねるシナモンに、スコッチは苦笑を漏らす。
「こいつは困ったなぁ」
「ええ〜、いいじゃないですか。教えて下さいよ」
 だが丁度、各自の部屋までのルートが分かれたのを理由に、スコッチは適当に話をはぐらかしてしまった。逃げるようにシナモンに背を向けて廊下を急ぐスコッチに、新米会計士は「次は絶対に答えてもらいますからね〜」と恐ろしい言葉を投げつけた。
「姐さんじゃないけど、嬢ちゃんだって新人にしてはずいぶん図太いよなぁ」
 早足で廊下を歩きながら、スコッチは苦笑してつぶやく。
 スコッチがこのファームに来た理由は、上司の失態を押し付けられての左遷だった。
 比較的大きな現場で機械いじりをしていたスコッチは、そこで現時点ではミスとまでは言われずとも、いずれは大きな事故に繋がりそうな工程の不備が意図的に繰り返されていたことに不信感を抱いていた。始めは幾人かのほんの些細な手抜きが、いつしか全体の習慣となったためのもので、それに危機感を抱く人間はごく少数だった。
 少数派に属していたスコッチは上司に幾度となく改善策を提案していたが、まだ年若い彼の言葉は聞き入れられることなく、ただ煙たがられる一方だった。
 そしてついに、恐れていた事故は起こった。重傷者を幾人も出したその事故は、不幸中の幸いにして死者の数はゼロだった。ほっと胸を撫で下ろしたスコッチだったが、事故は起こるべくして起こった物だという気持ちは消えなかった。なによりスコッチにとっての最大の不幸は、その事件の後に起きた。
 事故後、現場が上から事故の原因の報告を求められたとき、上司は迷うこと無くスコッチに責任を被せたのだ。彼は改善策を提示したのではなく、事故の原因である工程を周囲に推奨したとされた。それは濡れ衣であり、上司が普段から気に食わなかったスコッチをスケープゴートに仕立てたに過ぎなかったのだが、周囲を抱き込んで証拠も提出されては、コネも権力もないスコッチに出来ることなどなかった。クビにされなかったのは、薄々事態を察していたお上の温情だろうけれど、それでも懲罰的な配置転換は免れなかった。
「まあ、あれ以上あの現場にいる気はしなかったからいいけどさ」
 今の上司であるミノリはおおらかでスコッチに理不尽な要求はせず、仕事内容を除けば満足のいく職場であることは間違いない。彼にしてみれば、以前よりもずっとマシな職場であることは疑うべくもない。しかしそれでも、
「その理由を年下の女の子に言うのもなぁ〜」
 なけなしのプライドがそれを邪魔するスコッチなのであった。

 

 

 

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