それは、とある時代のこと。
とある大陸に、とある国があったそうです。
両手両足の指で数えてもあまりある、他の多くの国と比べましても、飛びぬけて大きいわけでも、豊なわけでもない。
しかし都だけは群を抜いて美しい。そんな国でありました。
さて、その国はひとりの王様によって治められておりました。ことの外賢いわけでも、勇敢なわけでもありませんが、臣下の話によく耳を傾けごくごく無難に国を治めておられる王様です。
王様は年頃になりお后様を娶られます。こちらもきわめて見目麗しいわけでも、有能なわけでもありませんが、王さまを支えられる物の分かったお后さまです。
ただ、ひとつだけ彼らの欠点を上げるとしたら、それは王さまもお后さまもたいへん見栄っ張りだったというということでしょうか。
でも、王さまとお后さまのお眼鏡に適う見栄えの良いお城や街並みを、国の人たちはとっても誇りに思っておりましたので、お二人を見習って国の人たちも同じようにずいぶん見栄っ張りでした。
お后様はやがて一人の子供を身ごもります。
このお話は、ここから始まりまるのです。
王国を治められる見栄っ張りの王さまとお后さまは、自分の国の美しさがなによりもの自慢でした。
よりたくさんの人に誉めてもらえるように、王様はお城を毎日ピカピカに磨き上げさせていましたし、道にはゴミひとつと落ちていないようにするべく、掃除を欠かすべからずとのお触れを、街中に出したりもしております。
国の人たちもまた、美しい自分たちの都を、王さまと同じく自慢に思っていたので、喜んでそれに協力しておりました。
しかし、彼らにもひとつだけ不満に感じていることがありました。
それは、王さまとお后さまの間に生まれたお姫さまです。
自分たちや国を美しく飾り立てることを好む、見栄っ張りの王さまとお后さまとは違い、そのお姫さまは何よりも食べることが大好きなのでした。
さらにお姫さまがまだお后さまのお腹の中にいた頃、高名な旅の賢女から「お腹の御子には望むだけの食べ物を与えなさい」とお告げがあったので、王さまとお后さまは毎日お姫さまが欲しがるだけの食べ物を与えておりました。
そういうわけですから、日がな一日食べ物を口にしていたお姫さまは、年を重ねるに従い、どんどん太っていきました。
十六歳の娘盛りになった今となっては、顎にはたぷたぷと肉が下がり、目はふくよか過ぎる頬に埋もれてしまっています。手足もまるで丸太のようです。
国の人たちは、そんなぶくぶくと肥え太ったお姫さまを決して好きにはなれませんでした。
せめて明るく社交的な人柄であればまだ良いのに、お姫さまは幼い頃から部屋にこもっては、たくさんの食べ物を抱えて本を読むばかり。
食べ物のことになれば多少は活発になるのか、美味しい作物が実ったという話を聞けばその畑に出向くこともあるようでしたが、近隣のお百姓さんに自分の望むよう作物を作らせたり、王さまにわがままを言って国中から食べ物を集めさせたりと、やりたい放題でした。
なので国中の人たち――庶民からお役人、貴族の方々にいたるまで皆が、そんなお姫さまのことを百貫姫と呼んで蔑んでおりました。
こんなみっともなく太ったお姫さまは、美しいこの都には相応しくない。
そう思う人々の不満は、日に日に大きくなっていきました。
ある日、彼らの美しいお城に、一人の青年がやってまいりました。
その青年は痩せっぽちのガリガリであまり見栄えの良い姿ではありませんでしたが、彼は言葉を尽くして都やお城の美しさを褒め称えたので、王様たちは少し気分を良くしました。
青年は言いました。
「私はここから遠く離れた、山間にある小さな国の王子です。ぜひともこの国の姫を、我が妻に迎えさせては頂けないでしょうか」
不思議なことに王子の言葉に熱心さはなく、どこかやけっぱちな響きすら持った結婚の申込でした。
王様は尋ねます。
「お主は我が国の姫の噂を耳にした事はないのか?」
「いいえ、城下ですでに聞き及んでおります」
王子さまは間違いなく、毎日毎日食べてばかりの、みっともなく肥え太った百貫姫をお嫁に貰おうというのです。本人も決して乗り気ではなさそうなのに、なんとも不思議な話もあったものです。
しかし王様たちは思いました。
そんな物好きは、きっとこの王子を除いては他にはいないことでしょう。
また、王国にとってはなんの特にもならない遠方の小さな国であっても、いいえ、今後係わり合いを持たなくて済むような遠くの国だからこそ、太ってみっともない百貫姫を追い出すにはちょうどいいに違いありません。
王様たちは喜んで、百貫姫を嫁に出す約束をしました。
国に戻り次第、迎えを差し向けると言って帰っていく王子を見送った後、王様は百貫姫を呼び出します。
相変わらず両手いっぱいの食べ物を抱えて現れた百貫姫にため息をつきつつ、王様は言いました。
「姫よ、残念ながら我々はもうお前のために食べ物を用意することはできない」
お后さまも言います。
「あなたはこれから、遠くの国へお嫁に行くのです」
その言葉に百貫姫は、不満を言うでもなく呟くような小さな声で「わかりました」と答え、うなずきました。
やがて迎えの馬車が来て、お姫さまは遠くの国へ嫁に行ってしまいました。馬車には持参金代わりの食べ物や作物をたくさん積み込んでのお輿入れでした。
王様やお后さま、そして貴族や役人、町の人達も、ようやくこの太ってみっともない百貫姫が美しいお城からいなくなったことを、ひどく喜んだのでした。
しかしそれから数年後のことです。
見栄っ張りの王さまとお后さまが治める国は、大変なことになっておりました。
日照りや大雨、大雪といった天変地異が立て続けに起こり、食べ物がちっとも採れなくなってしまったのです。
人々はお腹を空かせ、美しい都を自慢に思うどころではなくなってしまいました。どれだけ国を見栄え良く整えようと、お城を美しく磨き上げようと、それだけではお腹は膨らまないのです。
多くの畑もしっちゃかめっちゃかになってしまっておりましたが、その中でほんのいくつかの畑だけは、それまでと変わらない収穫を保っていました。
それは百貫姫が作物を作らせていた畑でした。
そして旅人や商人が話す噂話によれば、遠い山間にあるとある小さな国は昔は収穫の少ない貧しい土地であったけれど、今は実り豊かな裕福な国へとなっているそうです。
それはまさしく、百貫姫がお嫁に行った国に違いありません。
そこで彼らも、ようやく気付いたのでした。
自分達が喜んで追い出した百貫姫こそ、豊穣の神がこの国に遣わして下さった存在だったに違いないと。
しかし後悔しても、ことはすでに後の祭り。
彼らはかつては美しく、そして今はすっかり荒れてしまった都で、ぐーぐーとお腹を鳴らしているばかりなのでした。
――それからさらに数年後。自分の祖国の窮状を知った百貫姫が、たくさんの食べ物を抱えて慌ててやってくる、その時まで。
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