企画『お題バトル』参加作品
◆◇ 神話を生み出せし者たち ◇◆

 噛み合わさった無数の歯車が、ゆっくり回転しているのが見ずとも分かった。
 振り注ぐ光はまるで真夏の太陽のように、いや、灼熱の炎のように肌を炙る。
 痛みすら感じる皮膚に、しかし彼は頓着せず必死で手を動かし続ける。
 火にかける。液体を注ぐ。飾りを配置する。それでも作業はまだまだ残っている。
(間に合うか……?)
 彼は自問する。だが、それは間違いだ。
 間に合わせなければならない。でなければ、すべてが無駄になる。
 傍らの男が銃を持った手を上げていく。もう、時間がない。
 何もかもがスローモーションとなって目に映る。
 腕は肩を越え、顔を過ぎ、頭上へ高々と掲げられる。
『お終いですっ』
 引き鉄が引かれる。同時に、はっきりと通る声で、男が宣言した。
 パンッと空砲が乾いた破裂音を立て、歯車が動かす秒針が真っ直ぐ天を指し示す。
「間に、合ったぁぁぁ〜……」
 彼はずるずるとその場にしゃがみこんだ。


『それでは、審査員の皆さんの意見を聞いてみましょう』
 スポットライトは厨房から審査員席に向けられる。
 ずるる、ずるるる〜と欧米人には耐えられないとされる音を盛大に立てていた審査員たちは、司会の声ではたと気付いたように顔を上げた。
『我らがお茶の間のお父さん、次世代食物研究所所長、四方山葉梨さん、ご感想をどうぞ!』
 眼鏡を曇らせていた冴えない中年の男性は、眼鏡を拭いもせずくいっと中指でフレームを上げる。
「いや、これはすごい。連綿と続くこのイベントの伝説に……いや、神話となり得るものではないでしょうか」
『ありがとうございまう。ではお隣、今年の夏も一人きりロンリー唐代さんっ』
 女優・唐代あかりと書かれた札の前に座っていた女性は、一度憎々しく司会者を睨み付けた後、済ました表情でカメラに顔を向ける。
「本当に驚きましたわ。味も良いですし、なによりとってもヘルシーなのが嬉しいですね。具材の豆腐にもしっかり味が染み込んでいるのもポイント高いです」
『ありがとうございます! 早く彼氏ができるといいですね。では、お次、胡麻油を愛することに定評がある俳優にして料理アドバイザーの氷室ぱすこださんっ」
 彼にマイクが向けられた途端、会場のあちこちから黄色い悲鳴が飛ぶ。彼は笑顔で手を振った後、低く渋い声でマイクに話しかけた。
「予想外でした。まさにここで、こんなものを食べられるなんて……。薄味でしたが、とってもおいしいです。一つだけ難点を上げるとすれば、どこにも胡麻油が使われてな――、」
『イケ面は勝手に油ぎってろアリガトウゴザイマシター。審査員長からのコメントは、結果がでてから聞きたいと思います。それでは皆様、点数をどうぞっ!』
 審査員たちが手元のスイッチを押していく。ピッ、ピッ、ピッ、ピッ――縦長の点数表が、下からどんどん点灯していく。しかし……、

 ぴょぉぉぉん……

 間抜けな音を立てて点灯が止まってしまう。
『おおおおぉっっとぉぉおおっっ!! これは残念! 挑戦者のメニューは、合格点に達しませんでした! 審査員の評判は良かったのに、これはどういうことでしょう! 審査員長であり初代チャンピオンの鎮江黒酢さんっ、ご意見をお願いします!』
 カメラとマイクを向けられた恰幅の良いコックコートの男性は、タプタプの頬を震わしながら鋭い眼光で挑戦者を見る。
「彼のアイディアは良かった。可能な限りのヘルシーさで女性に好かれ、かつ和風のテイストを存分に取り入れたところは評価できる。なによりも、味は申し分なかった」
『なんとっ、思いがけない高評価! では、いったい何が悪かったというのでしょうか!』
 審査員長の鎮江は、細めていた目をかっと見開いた。
「だが、彼のメニューはラーメンではないっ。湯豆腐だっ!」
 審査員たちの目の前に置かれていたどんぶりの中身、それは麺の代わりにくずきりがたっぷりと入った……確かに湯豆腐だった。
 挑戦者はその場でがっくりと膝を付く。
「そうか、そもそも俺は根本からして間違っていたのか……」
 悔し涙を流す挑戦者の肩に、初代チャンピオンはそっと手を置く。
「間違いは誰にでもある。だが、君の料理は評価の対象にこそならなかったが味は素晴らしかった。これからも、頑張って欲しい」
「初代チャンピオン……」
 感激に震える挑戦者とそれを温かい目で見守る初代チャンピオン。そんな感動的な光景に、女優のロンリー唐代は貰い泣きし、氷室ぱすこだはどんぶりに胡麻油を加えている。
『それでは、話が上手くまとまったところで敗れてしまった挑戦者には罰ゲームで〜すっ!』
 そんな心温まる一場面を粉砕するように、司会者は声を張り上げる。
 するとスタジオの奥から、わらわらと悪魔の変装をしたスタッフたちがあらわれる。そして、挑戦者と何故か初代チャンピオンまで担ぎ上げた。
「ちょっ、なんで俺までぇぇぇっ!?」
 司会者はマイクを握ると、カメラの前に立つ。
「次の挑戦者は君だ! バトルロワイヤル炎のラーメン王者決定戦! この番組は、世界をまたに駆ける裏村上商事(有)、そして食卓ではいつもお馴染みグーベルふりかけの提供でお送りしました! 来週も、お楽しみに!」
 司会者がにこやかに手を振る後ろで、挑戦者とチャンピオンはテレビでお約束の粉のプールに放り込まれた。  


【終】


【お題一覧】
炎 ラーメン 神話 歯車 銃 豆腐 変装 ゲーム 悪魔

 

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