人間の大人ほどもある巨大な体躯を駆って飛ぶ姿はなかなか勇壮であるが、その鋭いくちばしと蹴爪は人の身体なんぞいとも簡単に引き裂ける。 ゼーヴルムはぎりっと唇を噛み締め空を見上げた。 「第二弾か――っ」 バッツがやけくそのように魔物の影に指をつきつけ無茶なことを要求する。 「いやあ、さすがに魔物だってそんなこと言われてもねぇ」 腹立たしさが抑えられないのか、乾いた笑いを浮かべるシエロにも同様に噛み付く。 だが確かに、そんな無茶な要求をしたくなるほど彼らの状況は逼迫していた。 「ったく、何でおれらばっかりがこんな目に合うんだよっ」 「……シエロさん」 珍しく思案顔で頭を掻いていたシエロが振り返った先に見たのは、怯えてはいるものの妙にまっすぐな目で魔物の影を見つめているジェムだった。 「何か、思いついたのかい?」 シエロは、思いがけない質問にきょとんとしながらも取りあえずうなずく。 「ぼくは旅というものをするのは初めてでよく分からないんですけど、これほど頻繁に魔物や獣が襲ってくるのは不自然なことなんですよね」 ジェムはまっすぐにシエロを見た。 「何者かが意図してぼくらに魔物を差し向けるということは可能ですか」 シエロは思わず息を呑んだ。 「そ、それは……」 簡潔に答えたのはゼーヴルムだった。はっとして彼らは若き軍人を見る。 「『操魔獣術』という能力がある。特異能力者が使う技の一つだ。だが、我々の現状が何者かの手によるものだとして、それが一体なんだと言うのだ。今迫り来る妖鳥を退散させる役には立たんぞ」 ジェムはもはや羽の色すら判別できるほどに近づいた風魔鳥から視線をはずす。 「もしその特異能力者さんがいるとして、近くにいないとしてもやっぱりどこかでぼくたちを見ていると思うんです」 こんなこと、悪戯や意地悪、そんな軽い気持ちでできることではない。誰がどんな理由からしたことにせよ、その結果を知る必要があるはずだ。 「だからどこかに、見通しの悪い森林地帯にでも逃げ込めば攻撃の手はひとまず止むのではないですか。また、風魔鳥が偶然ぼくたちを襲ったのだとしても、四足の獣と違って鳥ならば姿を隠してしまえば臭いで追って来るということもできないと思うんですが……」 ちっとバッツが舌打ちする。 「でも、今はそれしか方法はないね。ゼーヴルム、バッツ、走って逃げられるだけの元気は残っているかい。俺が風魔鳥の足止めをするから、その隙に森まで逃げ込もう。……しかし、鳥なのに足留めと言うのは何か変だな」 能天気なことをつぶやきながら、シエロが風魔鳥の前に立ちはだかった。ゼーヴルムは剣を掴み立ち上がると鋭い眼差しでシエロを睨みつける。 「シエロ・ヴァガンス。貴様が囮となってその隙に逃げろという提案なら即座に却下だぞ」 くくっ、と可笑しそうに笑ってシエロは懐より何かを取り出した。 「いいかい、ぎりぎりまで引き付けてからの足止めだよ。その方がこれからすることの効果が大きいから。合図をしたら一目散に逃げ出すんだぞ」 シエロは手にした何かを指先でもてあそびながら泰然と構えている。 「誰が最初に森に逃げ込めるか競争だ」 シエロはそれを風魔鳥目掛け思いっきり放り投げた。そして早口で何かを唱える。
その言葉を合図としたように、彼らと風魔鳥との間にまるで嵐のさなかででもあるかのような凄まじい強風が吹き荒れた。
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