第三章 5、緑の守護者(2)

 


 その人はゼーヴルムの額から手を離すとほくほく顔でうなずいた。

「ほとんど毒も抜けたようじゃの」
「まったくお手数をかけしてしまったようで」

 ゼーヴルムは律儀に深々と頭を下げる。

 小さくなって恐縮する彼に、こんなしおらしいゼーヴルムを見るのも珍しいことだ、と後ろから見ていたジェムはつい感心してしまった。

 人並み以上の礼儀はわきまえているものの、気に入らない相手には例え年長者であっても一歩も引かないのがゼーヴルムと言う青年だ。それがこんなにも肩身を狭くして殊勝な態度をしているという事はこの老婦人、よっぽどの大人物であるらしい。

 もっともそれは彼女から放たれる雰囲気からも察せられることだ。

 彼女――ブルーメ・ヴァルドゥング・ハーレイは、見た目は単なる小柄な老女である。
 髪は白く色が抜け落ち、顔は皺くちゃで笑うとどこが目なのか口なのだか分からないし、痩せ細っている訳ではないが、歳の所為か身体はあちこち筋張り節くれだっている。
 だが彼女からは老いからくる弱さなど微塵も感じられなかった。むしろ見ているだけでその温かな人柄が伝わってくる。

 ――静かだが、強い。

 それはまるで年輪を重ねた巨木を前にしているような気分だった。
 

 かの人の隣に当然の顔で腰をおろしたフィオリが意味も無く胸を張り、尊大にうなずいてみせる。

「本当にあなたたち運が良かったんだからね。守り手の一族のいる村なんて、今じゃほとんど無いんだから」
「守り手の、一族?」
「森の守護者のことじゃよ」

 きょとんとする顔のジェムたちに、嫗(おうな)はにこにこと教えてくれる。

「森を守り、世話をする代わりに森から力を授かる一族のことじゃ」

 優しい黒目がちな目はどこか鹿などの草食動物を思わせた。


 守り手は森の管理者であり、森を守る代わりに精霊から加護を受ける一族だ。
 そういう意味では彼らは『精霊の愛し児』の亜種とも言えるだろう。
 木霊、ひいては森と意思疎通ができ、薬草などの知識も豊富である。そのため集落においては長老や相談役のような役割についていることが多い。

 だがその代償も大きく、守り手となった者は僅かな例外を除き生涯己の守護する森から離れることは出来ず、また、もし役割を果たせなかった場合はその身に報いが降りかかる。
 

「守り手の役目は世襲制でな、昔はひとつの村には必ずその血筋がいたものじゃが、血が絶えてしもうた所も少なくない」

 これも時代の流れかの、と嫗は寂しそうに微笑んだ。

「ところでお前さんたちは、この村がいったいどのような場所か知っていて来たのかのう」
「いいえ、違います。ぼくたちはカルム湖へ向かっていたんですが、途中で事故にあって……」

 観光目的だったと言うのも何とも恥ずかしい話だが、それでもここに来たのは偶然に他ならない。
 だがそれを聞くと嫗はふぉっふぉっと嬉しそうに目を細めた。

「なるほど、やはりこれはユークレース様のお導きのようじゃの」
「? それってどういう意味なんだ?」

 バッツが不思議そうに首をかしげる。

「ここは世界最古の森のあった場所。樹神が祀られた最初の土地じゃ」

 ジェムははっと思い出した。
 聖地として祀られている神殿跡が、確かカルム湖の近くにあったはずだ。

「そうか。それがこの村なんですね。……でも確かそこは地元の人でも入れないって」
「そうじゃ。確かにあそこは禁足地じゃな。この村自体、聖域を守る隠れ里として外部との交流はほとんどない。我々もあそこには滅多なことでは足を踏み入れたりはせんよ。しかし、おぬしらは別じゃぞ」
「え、それって……?」
「代々巡礼使節だけは、特別入ることを許されておるのじゃ。まあ、そのことを知らずに大陸を去る代も少なくはないがの。実際前回の巡礼者たちはこの村に立ち寄りもせんかったわい」

 笑う嫗の前で、ジェムは目を丸くした。
 彼ら巡礼使節は様々な特権を与えられていると言うことは知っていたが、まさかこんなところまでその範囲が及んでいるとは思ってみなかった。

「へぇ、ジェム良かったじゃねぇか」

 同じように驚いていたバッツは、にやりと笑うとジェムを肘で突っついてみせる。ジェムは素直に喜んだ。
 興味はあったものの、入れないと言うことで諦めていた場所だ。それが特別許可されると言うのだから、これほど嬉しいことも無い。

「じゃあ、ぼくら見学してきてもいいんですか」
「構わんよ」

 森の守護者も快く了承してくれた。

「じゃあ、セルバさんが起きて体調が大丈夫そうなら、早速見に行きましょう」
「うむ、そのことなんじゃが……」

 常ににこにこと穏やかな空気を手放さなかった老婆が、初めてその表情に難しい色を湛えた。

「そのセルバという少年……、あやつはいったい何者なのじゃ?」
「はい?」

 ジェムたちはきょとんとした。

「あの……彼は、アウストリ大陸代表の巡礼者です」
「それはあり得ない」

 守り手の老女ははっきりと断言した。

「おぬしらの代に、東大陸から巡礼者は出ていないはずじゃ」
「えっ!?」

 ジェムは思わず息を呑む。

「……それは、どのような意味でしょうか」

 ゼーヴルムが硬く強張った顔でたずねた。
 彼女は困ったように息を吐く。

「八年に一度の巡礼使節……、ここアウストリ大陸では代々守り手の一族が持ち回りで代表者を出すことに決まっている。本来おぬしら250代目の巡礼者は、フィオリトゥーラ、おぬしの村から出るはずじゃった」
「えっ、あたしの?」

 きょとんと自分を指差すフィオリに、嫗は苦笑を向ける。

「おぬしは覚えとらんじゃろうがの、おぬしの母方の血筋も守り手の一族のそれじゃったぞ」
「あ……」

 フィオリはそれを聞くと、なにやら考え込むようにうつむき口を閉ざした。

「じゃが、おぬしらも知っておろう。村は戦火で焼け落ち、守り手の一族は失われた。代理を立てようにも近隣の村には条件にそぐう者がおらなんだ。だから使いを出し、神殿の方に今年は巡礼者を出せぬと伝えたのじゃが……」
「じゃあセルバさんはいったい……?」

 ジェムは呆然とした顔で呟く。

 彼ははっきりと己の口で自分は巡礼使節の一人であると告げた。
 もしそれが偽りなのだとしたら、それはいったい何のためにしたことで、果たしてどんなメリットがあるというのだ。

「別にここでグダグダ考えていてもしょうがないだろう。そんなん本人呼んで問い詰めたほうがずっと早いし確実だろう」

 眉間に皺を寄せたバッツがとげとげしく言い放つ。
 バッツの意見は乱暴だが一理あるだろう。ゼーヴルムもそれにうなずいた。

「そうだな。寝込んでいるのならば起こすのも何だが、我々を騙していたのならばその理由を聞かなければならない」
「そんな、騙していただなんて……」
「巡礼者じゃないのにそう嘘ついてたんだ。なら騙してたのと同じだろう」

 きついバッツの言葉にジェムは黙って俯くしかなかった。

 だがセルバは短い間とは言え一緒に行動した仲間だ。
 彼は次は必ず守ると言ってくれたし、不甲斐無い自分を励ましてくれたりもした。
 ジェムは彼が悪い人間だとはどうしても思えなかった。

「まあ、俺も事情を聞くぐらいはやぶさかではないけどさ、別にそんな問い詰めるだなんて怖いこと言わなくてもいいじゃん。誰かが迷惑を被った訳でもないんだし」

 大した問題ではないとシエロが呆れたように肩をすくめる。
 だがその時、彼らのいる部屋に一人の男が駆け込んできた。

「オババ様、大変ですっ。禁域の森に侵入者がっ!」
「見張りの者はどうした?」

 森の守護者は緊張をはらんだ面持ちで聞き返す。
 飛び込んできた男は嘆かわしげな顔で首を振った。

「死傷者はおりません。ただ、情けないことに皆一撃で気絶させられてしまい……」

 男は続けて言った。

「相手は白い髪の子供でした」
「セルバさんだっ」

 ジェムはぎょっとして腰を浮かせた。

「なぜ禁足地に無理やり踏み込むような真似を……。まさかその先の神域に入れることは無いとは思うが」

 ブルーメは悩み考えるように眉間に皺を寄せて呻く。

「オババ様、お願いです」

 ジェムは老婆の前に立つと深々と頭を下げた。

「どうかぼくたちに行かせて下さい。きっと彼には何か訳があるんですっ」

 彼女はしばし考えていたが、重々しくうなずいた。

「よかろう、おぬしらの連れじゃ。おぬしらが行く方が良かろうて」
「あ、ありがとうございます!」

 巡礼者が慌てて飛び出して行った後、嫗はぽつりと呟いた。

「セルバ……、あれは呪われし者の気配じゃ」



 ※ ※ ※



 

 そこは深い森だった。

 むせ返るような緑の空気の中、鳥の鳴き声や小さな動物の影、あるいは何だか分からないものなども含め、生命の気配が色濃く感じられる。

 物慣れないジェムなどは、なんだか肌がざわついて落ち着かない気分であった。

 頻繁に人が踏み込まないと言うのは確かだろうが、不思議なことに道は消えずに残っていた。本来森などでは長く人通りが絶えると道はすぐに緑の中に飲み込まれてしまう。
 これは最低限の人の出入りがあるか、あるいは何か神秘的な力が作用しているかのどちらかだろう。

「ねぇ、待って! あたしも行くわっ」

 ジェムたちが禁足地へ入ってしばらく後、突如後ろから呼び声がかかった。
 ぎょっとして振り返ると、そこにいたのはフィオリとスティグマの二人である。

「お願い、邪魔はしないから連れて行ってっ。どうしても気になることがあるの」

 ここまでずっと走ってきたのだろう。膝に手をあて少女は荒く息を吐いている。きっと見上げる眼差しは真剣で、伊達や酔狂で着いて行きたい訳ではなさそうだ。

「わたしは単なる付き添い」

 一応は保護者だからね、とスティグマは肩をすくめた。

「しかし何が起こるかわからんぞ」

 強いて追い返したい訳でもないようだが、それでもゼーヴルムは渋い顔でことわりを入れる。

「セルバ・シプレースはここに入り込むのが目的で、巡礼者と偽ったのかも知れないからな」
「この禁足地に入りたかったから?」
「そう考えるのが自然だろう」

 ゼーヴルムはむっつりと顔をしかめる。

 いくら道に迷っていたのだとしても、街道から離れたあんな森の中をさ迷っていたのもいささか妙な話だ。
 だがセルバが始めからこの村を目指していたのだとすれば、自分たちが彼と出会ったこともさほど不自然ではなくなる。

「でもやっぱりぼくは、セルバさんに騙そうというつもりはなかったんじゃないかと思うんです」

 ジェムは小さく、しかしはっきりとした声で首を振った。

「だってぼくたちがカルム湖行きの馬車に乗ったのだって偶然のことじゃないですか。しかもあんなところで襲撃されて降りるなんて誰にも分からないことです。だったら彼が先回りできるはずは無い」
「あの操魔獣術士たちと手を組んでいるのではなければな」
「そんなっ」
「あ〜、はいはい」

 シエロが呆れた顔で二人の間に割って入る。

「そういう無駄な言い争いは止めようね。バッツだって言ってただろう。そんなの本人に聞いたほうが早いって」
「おい、なんか見えてきたぞ」

 そう言ってバッツの指差した先にあったのは二本の木。
 だがその間には何本かの赤い糸が張り巡らされていた。
 彼らはそのすぐそばまで近寄る。

「赤糸索条……。これは結界だね、空間が歪んでいる。見てごらん、あそこの糸が何本か切れているだろう。糸の状態から見てつい最近切れたものだ。たぶん、どうやってだかセルバもここを通ったんだろうね」
「解けそうか?」

 ゼーヴルムがシエロをうかがうが、彼はあっさりと首を振った。

「俺じゃ無理。すごく高度な式のうえ、木霊魔法の力も感じるもの」

 アレは下手に手を出すと後が怖いから、とシエロがぼやいた。

「ぐだぐだ言ってないで通れるかどうかまず試してみればいいじゃねぇか」

 ああでもないこうでもないと話している年長組に痺れを切らしたのか、バッツが単身糸の間に身を潜らせる。

「あぶないっ」

 ジェムは思わず叫ぶが、バッツはあっさりと結界を通り抜けてしまった。

「……あれ?」

 シエロがきょとんとした顔で首をかしげる。

「ちょっとっ、一人で先に行ったら危ないでしょう」
「こら、フィオリ」

 それを見たフィオリが糸の間に頭を突っ込んだが、こんどはまるで見えない壁にぶつかったように阻まれてしまう。スティグマの制止も虚しく、額でゴツンと小気味いい音を立てたフィオリが涙目になってその場にしゃがみこんだ。

「いった〜っ」
「ああ、そうか」

 ぽんと手を叩いたシエロが同じように結界に腕を差し込みながらうなずいた。今度はバッツと同じように問題なく通り抜ける。

「たぶんこの結界には条件付けがされてるんだ。たぶん鍵となっているのがこれだろうね」

 シエロは胸元から巡礼者の証であるデヴァイン・ブレスを取り出した。
 たぶんこの結界が形成された際、この石と呼応するような術でも掛けられたのだろう。もとより不思議な力を宿すとされている石だ。聖域の鍵となるにも相応しい。

「じゃあ、あたしたちはここ通れないの」

 除け者にされそうだということを察して、フィオリはむっと顔をしかめる。
 だがそう言われても、神殿から預けられたデヴァイン・ブレスは巡礼者の分しか渡されていない。
 彼らとしても困惑の表情で眉をひそめるしかなかった。

「あれ? そういえばジェム、君はもうひとつ持ってなかったっけ」

 あっさりと呟かれたシエロの言葉に、ジェムははっとして隠しを探った。

 指先に触れる冷たい手触りのそれ。
 始まりの神殿にて、五人目の巡礼者に出会ったら渡してくれと頼まれたペンダントだ。
 セルバに会った時にはうっかりその事を忘れていたのだが、それも今となっては幸いだったかもしれない。

「じゃあ、これをフィオリちゃんに持っていてもらえば……」
「だが果たしてそんなことをしていいのか? それにただ持っているだけでは効果は無いかもしれないぞ」

 ゼーヴルムは苦々しげな顔で止めた方がいいと言うが、対するシエロは飄々としたものだった。

「じゃ、承認もしちゃおうか」

 悪戯っぽい笑みでさっとジェムの手から巡礼の証を取りあげると少女の首にかける。それから何かを口早に唱えた。
 それはヴェストリ大陸の言語のようだったが、恐ろしく早口のうえに癖が強くジェムには聞き取ることが出来ない。かろうじて空神・セレスティンの名が入っていたことが分かるくらいである。

 シエロは彼らが普段使っているノルズリ大陸の言葉に直し、続けて言った。
 

《――仮初めなれど、汝をここに第250代目の巡礼者として承認する。汝、森の民なる巡礼者たれ》

 
 彼はフィオリの首にかかったデヴァイン・ブレスに、軽く音を立てて唇を落とすとその手を離した。

「はいっ、これでフィオリちゃんも俺たちの仲間〜」
「おい、シエロ君っ」

 謳うように飄々と宣言するシエロの手を、スティグマはぎょっとしたように掴んだ。事情の分かってないフィオリはきょとんとするばかり。
 ジェムはおろおろとフィオリとシエロを交互に見つめた。

「あのぅ、いいんですか? 勝手にこんなことしちゃって……」
「いーと思うよ、緊急事態だし。それに取り返しのつかない事でもないでしょう」

 シエロはしれっと答える。フィオリも肩を落として息をついた。

「別にあたしはあなたたちについて行けるならなんだっていいわ。だからスティグマそんなに慌てふためかないで」
「いや、しかし……」
「本当に巡礼について行くんじゃないんだから。今だけって話でしょ」

 スティグマはしばらく難しい顔をしていたが、やがてしぶしぶとうなずいた。

「……そうだな、別に巡礼者となる訳ではないんだからな」
「もう、スティグマはホント心配性なんだから」
「親ばかなもんでね。こればかりは仕方がない」

 おどけるように肩をすくめるが、彼の表情にはどこか暗い陰が差し込んでいる。

「フィオリちゃんはこれで行けるとして、申し訳ないですけどスティグマさんはここで待っていてもらうしかないですね」
「ああ、構わないよ。気をつけていっておいで」

 それでもスティグマは微笑むと、ジェムたちに向かってものわかり良くうなずいてみせた。


 

 ジェムが結界を潜り、フィオリも無事その後に続いた。
 どうやらシエロの行った承認は、確かにフィオリを暫定的な巡礼者として認めさせたようである。
 そうして次はシエロの番となった時、結界を抜けようとする彼の腕をゼーヴルムがすかさず掴んだ。

「……シエロ、お前はいったい何なんだ」

 スティグマに聞かせぬためその声は囁くようだが、縫い止めるかのように鋭く向けられた彼の目には険しい色が浮かんでいる。

 ジェムたちは精霊魔法を使うのと同じようにシエロが巡礼の承認をしたことを受け入れたようだが、これは本来大神殿の長の行うべき行為である。
 代理であろうと何であろうと何の後ろ盾も無い人間にできることではない。

 ゼーヴルムは無意識に掴んだ指に力を込めたが、シエロはその痛みに顔をしかめたりはしなかった。

「別に君たちと何も違わないよ」

 ゼーヴルムの険のこもった眼差しを小さく首を振ることで受け流す。

「君たちと同じ巡礼使節の一員さ。まぁ、ちょっとだけ神殿とは縁が深いかもしれないけどね」

 じっとりと視線を向けてくるゼーヴルムから、シエロもまた目を逸らさない。逆に苦笑するように口元を歪ませると、そっと彼に耳打ちした。

「大丈夫だよ。少なくとも、俺は巡礼使節であることを気に入っている。だから俺は君たちを裏切らない。――セルバのようにはね」

 だから心配しなくていい。そう言ってシエロは晴れ晴れと笑いかける。

 ゼーヴルムはそれでもまだ何か言いたげにシエロを見つめていたが、やがて小さく息をついて視線をはずした。ばつが悪そうにぼそりと呟く。

「信用する。今の言葉、けして違えるなよ」
「ふふっ、信用されちゃったらもう裏切れないなぁ」

 シエロはけらけらと笑って結界を潜り抜けた。
 そしてゼーヴルムも残るスティグマに無言で一礼し、同じく結界に入っていったのであった。
 


 

 最後に独り取り残されたスティグマは、濃密な生命の気配に満ちた森に立ち尽くす。
 どこか虚ろな眼差しで樹木に覆われた空を見上げると、彼はぽつりと呟いた。

「――果たして、あの子たちはここで何を見て、何を選択するのか」

 スティグマの顔が哀しげにくもる。

「願わくば、あの子たちの未来に暗い影が落ちないことを……」