――ギュミル諸島には、いつの頃からか代々語り継がれるひとつの伝説がある。 それは勇猛果敢たる戦士。
その者は何の前触れもなく現世に訪れ、
時には鋭き刃となり主君のために敵を退け、
その者は一振りの剣にして、不屈の盾。
ひとびとは誰よりも強く気高いその存在を、 ――竜騎士と呼んだ。 ※ ※ ※ 人とは違った見た目の所為で、なかなか周囲に馴染めなかった。
※ ※ ※ 獣脂の蝋燭がすえた臭いを漂わせていた。 船室はいつだって船底に溜まった汚水の所為で、胸の悪くなるような腐臭を纏っている。
航海に出て少し立てば、飲み水はすぐに腐りビスケットには蛆が湧く。
嵐が起これば逆巻く波に叩き落され、凪が起これば何十日もぴりぴりとした空気の中一陣の風を待ち続けなければならないこともある。 そんな劣悪な環境の中に身を置くことを分かっていてなお、しかし男たちは海に出る。
彼らは海賊。
青き海原と、そこを渡る潮風。
しかしそれらは本来、――なりたい者たちがなって然るべきものなのではないのだろうか。 「ジェム・リヴィングストーン」 ジェムは顎をぐいっと掴まれて無理やり上を向かされた。その顔を覗き込むのはキラキラと光る海の色そのものだ。
「ようこそ、オレ様の船に」 潮風でみがかれた微かに掠れる、しかしとても豊かな声が楽しそうにジェムに呼びかけた。 「今からお前もこの船の一員――海賊の仲間だ」 ジェムは今にも泣きだしそうな顔で必死で否と相手を見つめ返すが、そんな無言の訴えはまったく伝わる様子はなかった。 だから自分はそんなことこれっぽっちも望んじゃいないのに。 そんな正当な要望でさえ、しかしいま自分の周囲にいる人間は誰一人として聞いてくれない。 (シエロさん、ゼーヴルムさん、バッツさんっ、どうか助けてくださいぃっっ) ジェムは心の中でどこに居るとも知れない仲間に必死で呼びかけるが、もちろんそれは気休めですらない。
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