≪黒薔薇狂詩曲≫

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04 王国を語る者

 

 あたしは愕然とした表情で、身を乗り出して二人を問い質す。
「そ、それって、いったいどういうことなんですかっ」
「四ノ宮はけして一枚岩では無いということだ」
 昭仁は深刻な調子でそう答えた。
「実際、先日別荘に行ったのだって今日ここに来たのだって、全部俺ら兄弟の独断だからね。他にも一族の総意を無視してでも君を手に入れたいと思う輩が、まったくいないとは限らない」
 だから君自身、充分な注意をして欲しいんだ。と、淳哉は軽い口調で、しかし眼差しだけは至極真剣にあたしに忠告してきた。
 そんなの冗談でしょう。あたしはそう叫びたくて仕方がなかったけれど、思わず見つめ返した二人の顔は訊ねるまでもなくそれが真実であることを物語っていた。
 あたしは小さく息を飲み、湯飲みをテーブルに置く。そして慎重に彼らに頼んだ。
「あの……もう少し、詳しい事情を教えてくれませんか」
 淳哉と昭仁はわずかに驚いた様子で眉を上げる。
 まぁ確かにこれまであたしは、頑なと言っていいほど四ノ宮の一族に関わることを拒んでいた。
 あたし自身それを隠してはいなかったし、淳哉たちもはっきりと気が付いていただろう。だからこのあたしの態度の変わり様に驚くのは無理も無い。
 だけど、どんなに嫌がっていても、いつまでも一族から逃げ続けることができないであろう事を、あたしはちゃんと理解していた。
 どれほど嫌悪していても、あたしが四ノ宮の血を引いているらしい事は変えようの無い事実だ。血の繋がりは一生ついて回る。
 だからこそあたしは、いつかは必ず四ノ宮一族と対峙しなければならないと言う事をきちんと覚悟していた。(もっともできるかぎり後になればいいなとは思っていたけれど。)
 今回の淳哉たちの訪問で、それが予想以上に近いかもしれない事が分かった。
 ならば来たるべきその日のために、あたしは何をすればいいのか。
 それはきっと相手を知るということ。
 すなわち敵を知り、己を知れば百戦危うからず、という奴だ。
 またにどうして四ノ宮が自分をそれほどまでに欲しているのかという事も、あたしにとっては以前から気になることのひとつだった。
「うん、もちろんちゃんと教えてあげるよ」
 淳哉は驚きに強張った顔をほぐし、ゆっくりと微笑みを返してくる。どこか安堵するような、あるいは憐れんでいるようなその表情に、あたしは少しだけ落ち着かない気分で身じろぎをした。
 
「とりあえず四ノ宮と言う一族について説明しよう」
 昭仁は言った。
「以前も言ったように、四ノ宮は烏有創玄という陰陽師を開祖に持つ異能の一族だ。開祖の時代より我々はその異能を用いて、占いや妖退治などといった仕事を請け負ってきた」
「あ、妖退治……っ!?」
 淡々と当たり前のように告げられたその言葉に、しかしあたしは早々と絶句してしまった。
 前回の件であたしは非現実的な出来事には耐性が付いたと思っていたけれど、まさかこの平成の世に妖退治などという職業が実際に存在するとは! まったくもって、想像もできないことだった。
「あはは、やっぱり信じられないって顔をしてる」
 ぽかんと呆けたように口をあけているあたしを、淳哉は無邪気に笑いとばし肩をすくめた。
「でもねぇ、確かに昔に比べりゃ数も減ってきたけど、そういう職業はそんなに珍しいものじゃないんだぜ。一般人が知らないだけで」
「そ、そうなの……?」
「そうさ。だってウチの一番のお得意様は、官公庁だったりもするんだぜ」
 あたしはひくりと顔を引き攣らせた。なんだか知らなくてもいい国の秘密を知ってしまったような気がするぞ。この場合その支払いはやっぱり税金から出ているんだろうか。
「君も、もうこの世には普通とは違う生き物がいることを知っているだろう。我々一族はそういった輩を封じたり、退治したりすることを生業とし、ここまで大きくなっていった」
「第一俺らの能力なんて、そんなことにでも使わない限り活用の仕様が無いだろう」
 淳哉がぴんと立てた人差し指の先に炎をともす。ゆらゆらと揺らめくその熱源が手品や幻影でないことを、あたしはすでに知っていた。
 
「四ノ宮は言うなれば一種の王国だ」
 淳哉は確固たる口調でそう言い切った。
 異能力者を輩出し、それを庇護し、あるいは監督する一族。
 それは直系血筋を中心にまとまる擬似国家だ。
 その小さな王国の中でもっとも優れた力を持ち、国を支配するのが一族本家。そしてその周囲には側近とも言うべき分家筋が控えている。
「現在勢力を持っている分家は四つ。一杜瀬(いちとせ)ニノ錘(にのすい)三吉埜(みよしの)五津辻(いつつじ)だ。もっともこれは一族の中でだけの呼び名だから、言ってしまえば屋号のような物かな」
「あれ、四はどうしてないの?」
 あたしは思わず話に割り込む。
 話の本筋には関係ないけど、一、二、三、五と数字が続いているのに、間の四だけ抜けているのがちょっと気になったのだ。
「それは四が四ノ宮、本家の数字だからだ。一族内では四ノ宮と呼ばれるのは本来本家筋だけと決まっている」
 昭仁はこともなげにそう答える。淳哉もにやりと揶揄するようにこっちに笑いかけてきた。
「だから今は当主を除けば君だけが、堂々と四ノ宮を名乗る権利があるんだ」
「別に名乗るつもりはありません」
 眉をひそめはっきりとそう答えると、淳哉に「手厳しいねぇ」と苦笑された。だけど四ノ宮と名乗ることができたって、べつにあたしにはちっともいいことが無い。そんなの名乗りたい人間が好きに名乗ればいいのに。
 しかしそう考えながらもあたしは、この時代錯誤も甚だしい一族においては、それが理不尽なまでに難しいであろうことが簡単に予測できていた。
「さて、そしてここからが本題だ」
 淳哉が講談師の様にぽんと膝を打つ。
「さっきの王国論で言うなら、この四つの分家は王家に対する貴族に当たるかな。しかし当主はもう大分お爺ちゃんだからね、近頃はめったに表には出てこない。すると必然的に、年老いた当主の代理として一族を取り仕切る宰相の役割が必要になる」
 にやりと笑って淳哉は言った。
「現在の宰相は、五津辻(いつつじ)出身の男だ」
「……分かったわ」
 頭の中で軽く情報を整理して、あたしはこくんとうなずいた。
「要するに、五津辻の人間ばっかりが重用されていることが他の三家は気に食わないのね」
「その通り」
 淳哉は満足そうに首を振る。
「しかも宰相殿は五津辻出身の割に、さほど自分の家を優遇しようとは考えない。だから五津辻の中にも、彼を疎んじている人間は少なくない」
「それに加え当主はすでに高齢だ。現在は当主代理が一族内で絶対にも近い権力を握っているが、もし次代の当主を自らの手で擁立することが叶えば――、」
 あたしはうなずき続きを述べた。
「権力交代が起きるって訳ね」
「なかなか飲み込みが早いな」
 感心したような昭仁の声に、あたしはおざなりにお礼を言う。
 どうして自分が必要とされているかは理解できたけれど、それでもあたしの胸の中はまったくすっきりとはしていなかった。
「……結局あたしは、権力争いの道具として利用されているだけなのね」
 自分の声がふて腐れたような響きを持つことを、あたしは止めることができなかった。
 
 もともと期待は抱いてなかった。
 十年以上関わることなく、ようやく顔を合わせた途端に起きたこの騒ぎ。
 淳哉たちには悪いけれど、そんな親戚にはっきり言って好印象なんて持てる筈がない。
 だけどそれ以上に自分と血の繋がりを持つ人間たちが、あたしのことを道具として利用することしか考えていないというのは、腹立たしさも通り過ぎてなんだかむなしさを覚えた。
 
「うん、そういう部分は……美鈴さんには本当に申し訳なく思っている。だけど一族だって全員が全員そんな腹黒い奴ばっかりじゃないから」
 中にはいい奴だっているんだよ、そう淳哉は困ったように肩をすくめる。
「割合的にはひどく少ないかもしれないけどさ」
「それに全員が全員、君を狙うということは有り得ない。何しろすでに我々が敗れたことは一族に知れ渡っているからな」
 どこか堂々としたその言葉に、あたしはきょとんと目を見張った。
「それってどういうことですか」
「ようするに俺らより格下の奴らは襲ってこないって事だよ」
 誰だってボロ負けするのが分かっていながら挑戦したくはないだろうからなぁ、とうそぶく淳哉。あまりあっけらかんとした物言いに、逆にあたしは首を傾げた。
「もしかすると二人って、強いの?」
「……そうか。確かに鬼神にボロ負けした俺らが言っても安心はできないか」
 あたしの率直な問いに淳哉はたはは、と情けなく笑ってため息をついた。
「一応ね、術力では一族内で中堅どころなんだよ。だいたい中の上ランク?」
「分かりやすく言えば師範代レベルと言ったところだ」
「いや、兄貴。それ逆に分かりにくいから」
 真顔で答える昭仁に淳哉は突っ込んだ。
「そんな訳で、一族の中で君を狙いそうな人間は限られている。一応俺らも注意しておくから、あんたも身の回りには気をつけておいてくれよ」
 真剣にそう告げる淳哉たちの言葉に、今度ばかりはあたしも真面目にうなずくことにした。
 
「そう言えば」
 ふいに思い出したように、淳哉が尋ねる。
「あれから常盤闇の鬼神と顔を合わせたりはしたのか?」
 あたしはひくりと口元を引き攣らせ、ぶんぶんと首を振った。
 そんなの真っ平ごめんだと言わんばかりのあからさまな態度に、淳哉も思わずといったように苦笑した。
「まぁ、あれも一種の魔性だからな。会う機会が無いのならその方が良いか。だけどどんなに嫌でも必用な時だけは、例えばあんたの身に危険が迫ったりしたときは、ためらわずに呼んだ方がいいよ。それだけは覚えておいてね」
「あの……」
 当然のように掛けられた言葉に対して、あたしはおずおずと二人に尋ねた。
「あいつって、あたしが呼べば来るんですか?」
「……」
「……」
 淳哉と昭仁は途端にきょとんとした表情で顔を見合わせた。
「もしかすると、鬼神から何も言われてない?」
「まったく何も」
 そう答えると二人は困ったように眉をひそめ、う〜むと唸り声を上げる。あたしはここぞとばかりに彼らに問い掛けた。
「あの、あいつっていったい何なんですか? 直系に仕えるっていったい――、」
「悪いんだけど、アレについて俺たちに答えられることは、ほとんど無いんだよ」
 淳哉が申し訳なさそうに首を振った。
「俺らって力はともかく立場は四ノ宮でもかなり下っ端の方だからさ、一族内での重要な秘密に触れられるような位置にいないんだ。こないだ言ったような一族に伝わるおとぎ話的な伝説がせいぜいさ」
 そう言って彼らが改めて教えてくれたのは、
 
 ルードヴィッヒが開祖である烏有創玄の使役した魔性であること。
 百年前、その時の主の死と同時に眠りについたこと。
 そしてその最強の魔性は、一族の直系にのみ従うという伝説が今でもまことしやかに四ノ宮に語り継がれていると言う、その三点だった。
 
 だけどそれだけの情報では、あたしが本当に知りたいことには全然足りなかったし、最後の一つに限ってはかなり眉唾だと思う。
 これまではどうかは知らないけれど、少なくともあいつはあたしの言うことをまともに聞きはしなかったし。
 あたしが不満げな表情を浮かべたのに気付いたのだろう。昭仁はふっと眼差しを緩め、ふいにあたしの髪に手を伸ばした。
「分かった。君が望むならば、我々はいくらだって手を貸す心積もりだ。鬼神について知りたいのならば、次会う時までに調べておく。だからそれまで待っていてくれ」
 優しく髪を撫ぜる手の感触。
 あたしは思わずそっぽを向いた。
 昭仁はふいにその表情を曇らせたけれど、あたしの顔を見た途端ほのかな笑みがその瞳に宿った。
 だからあたしはますます顔を――照れ隠しそのものといった顔を真っ赤にして、うつむく羽目になったのだった。

 

 

 

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