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≪五万ヒット御礼企画≫

これは短編『陽天下お風呂場飼育論』の番外編……と言うか一種のパラレルと思って読んでください。


13 機械音痴

 

 
「つまりですね、僕は一種の機械音痴なんですよ!」

 彼は哀れみを誘うような声で高らかに言った。

「何せ生まれは深い海の底。おしゃぶりの代りに黒真珠を口に含み、真っ赤な珊瑚の林で遊び育ったこの僕が、生粋の幻想世界の住人なのは見るからに分かりきったことでしょう?」
「……ほう」

 地を這うような低い声が、たった一言だけ返される。

「だ、だから人間世界の便利な道具に憧れを抱くことはあっても、それをうまく使いこなせるかどうかはまた別な問題なわけで」

 彼はびくりと一瞬肩を震わせたが、より一層ぺらぺらと調子よく喋り続ける。

「ですから今回の件は不可抗力と言っても差し支えない、いやむしろ不可抗力としか言いようがないあまりにも哀しく痛ましい、避け難い不幸な事故だったのだと――、」
「……言いたいことは、それだけか」

 ドスの効いた声が彼の言葉を途中で遮る。マフィアのボスも任侠道の大親分さえも畏れさせそうなその声は、しかし意外にもうら若き女性の口から出たものである。
 だが実際に、怒った彼女はどんな悪党よりも恐ろしいと、彼はすでに身をもって知っていた。

 彼は青ざめ、ダラダラとひっきりなしに冷や汗をかく。
 右を向いても左を向いても、もはや退路は残されていない。

 彼はついに観念すると床に両手を着き、その長い黒緑の髪が足元にわだかまるのにも構わず勢い良く頭を下げた。

「本当っにごめんなさいぃぃっ!!」
「謝るなら素直にそう言え、この表六玉っ」

 スコ――ンっ、と小気味良い音がして洗面器が彼の頭を殴打する。べしょっと湿った効果音とともに彼の身体は風呂場の床に沈んだ。

「それとも尻子玉とでも呼んでやればいいのか、河童の助」
「河童じゃないです、僕は人魚です!!」

 さも当然とばかりに言われた言葉に彼は慌てて反論するが、

「養ってもらってる分際で文句を言うな、この宿六が」

 間髪入れずにそう罵られ、がっくりと冷たいタイルの床にへたり込んだ。そう言われると彼には返す言葉がない。

 緑がかった長い黒髪に彫りの深い顔立ちをした国籍不詳のこの青年は、実は人間ではない。
 彼はとあるアパートの風呂場の雰囲気に一目惚れをし、ペット言う名目で居候をしている人魚なのである。
 もっとも彼が人魚であるか河童であるかはいまだ当人たちの間で論争中。しかも最近は彼の方がなぜかちょっと不利。

「だいたいな、機械音痴だとかなんだとか言っていたが、常識的に考えれば分かることだろう」

 この部屋に独り暮らしをしている女子大生――人魚の飼い主でもある彼女は、珍しくあからさまに怒りを湛えた眼差しで彼を睨みつける。

「大抵の電化製品は水に弱いんだ。水に浸かれば壊れるのは当たり前。それを湯船に落っことすなんて致命的なことをしでかしおって――、」

 彼女は、びしりと今回の騒ぎの元凶となった物体を指差した。

「風呂の中で遊ぶなとあれほど言っておいただろうがっ!!」

 びしょびしょに濡れてもはやうんともすんとも言わないそれは、彼女が後輩から借りてきた携帯用ゲーム機だった。ゲームにはまったく興味がない彼女がそんな行動をとった理由はひとつだけ。

「貴様がどうしてもやりたいと駄々捏ねるから、しぶしぶ借りてきてやったというのに」
「だってポケモンやりたかったんだもん」
「……韻を踏んで『もん』とか言うな。気色が悪い」

 彼女はひくりと顔を引きつらせる。女子供がやれば愛らしいその言葉遣いも、体格も立派な青年がやればただうざいだけである。

「だいたい風呂に入りながらゲームはやろうと言うその神経が信じられん」
「僕人魚ですから水に入ってないと干からびてしまうんです」

 彼は涙ながらに訴える。だけど彼女は騙されなかった。

「嘘をつけ。私は貴様が昼間に居間でワイドショーを見ているのを知っているぞ」

 彼はぎょっとして目をむく。昼間彼女が大学に通っている間は風呂から出てきて自堕落にすごしていたのだが、まさかそれを彼女に知られていただなんて。

「そんな……っ、勝手に観察しているなんてまるでストーカーのようじゃないですか!」
「家主は私だぞ。言葉に気をつけろ、風呂場限定引きこもりニート」
「好きで引きこもっている訳じゃありませんっ」

 彼はぷっくりと頬を膨らませた。

「だって仕方が無いじゃありませんか。海と地上ではぜんぜん環境が違うんですから。そりゃテレビはお風呂場を出なきゃ見れないから移動しますけど、場所を選ばないでできる携帯ゲームくらい自分の生まれ故郷に近い環境でリラックスしながらやりたいんです」
「――なるほど、それならば仕方がないな」

 普段の彼女ならば考えられないような理解のある言葉に、しかし彼はぎょっとして顔を上げた。彼女は淡々とした声で彼に向かってまっすぐに言った。

「ならば大人しく海へ帰れ」
「ええっ、そんな殺生な!」
「殺生なじゃない。陸の上が辛いなら居心地の良い海へ帰ればいい。誰も引き留めたりはしないぞ」

 このおかしな生き物を飼ってやろうと決めたのは彼女自身だが、監禁しているつもり一切はない。彼が帰りたいと言い出したならば、いつだって自然に帰すつもりでいる。野生動物は本来自然環境の中で生きるのが一番なのだ。

「ゲーム機を壊したことをそんなに怒っているんですか」

 彼は涙で潤んだ目を彼女に向ける。しかし感情の起伏に乏しい彼女の表情からは何を考えているのだが一切読み取る事はできなかった。

「……分かりました」

 仕方がない。彼はすっぱりと諦めた。
 まだゲームのある生活に未練はあるが、ここでの生活には変えられない。全ては機械を壊した自分が悪かったのだ。これ以上彼女の機嫌を損ねると、本当に捨てられてしまうかもしれない。

「ごめんなさい。もう我が儘言いませんから」
「あ、おい……っ」

 彼がしょぼんと肩を落とし、ぶくぶくと浴槽に沈んでいく。呼び止める彼女の声など聞こえないくらいに彼は意気消沈していた。


 

 

「河童」
「だから河童じゃないですって」

 数日後、いつもと変わらぬ問答を交わしながら風呂場から顔を覗かせた彼は、しかし無言で突きつけられた物を見て目を丸くした。

「これって……」
「どうせ弁償しなきゃならなかったからな。ついでに買った」

 無造作に差し出されたそれは、彼がハマっていた携帯ゲーム機であった。しかも普通に売っているゲーム機とは一味違う。

「もしかして、――防水加工をしてくれたんですかっ!?」
「最近は便利になったものだな。こんな小道具が普通に売っているんだ」

 ゲーム機は透明なビニールでしっかりとコーティングされ、水に濡れない工夫がなされている。本来ならリモコンなどに使う防水カバーだが、こうしておけば風呂場で使っても壊れることは無いだろう。

「あの、ありがとう。とっても嬉しいです……っ」
「言っておくが、人にここまで苦労させておいて、また壊したなんて言ったらただじゃ済まさないぞ」

 折檻だ、そう言って彼女は顔を背ける。だけど彼は彼女の耳が赤くなっていることに確かに気付いていた。彼は感極まって呟く。

「僕、――あなたが飼い主で良かったかも知れないとようやく思いはじめました」
「……おまえはいつも一言多いな」

 彼女は顔をしかめてぼそりと言った。

「ちなみに余計な出費がかさんだからな。しばらく貴様の食事はキュウリだけだ」
「ええっ!?」

 彼は途端に顔を青ざめさせたが、彼女の宣言は違えることなく実行された。

 

 さらに後日、彼がゲーム機のソフトを入れ替えようとコーティングのビニールをはがしこっぴどく彼女に怒られるのだけれど――それはまた蛇足である。

 

 

 

 

13、「機械音痴」……『陽天下お風呂場飼育論』番外編(パラレル) 

 

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