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++ アンチエイジング ++

 

  インターフォンの音を聞きつけて、聡子は慌てて手に持っていた花をテーブルの一輪挿しに差し込んだ。最後の仕上げとして部屋を見回し全体のインテリアを確認して、その出来映えにひとつうなずく。そして弾む足取りで玄関へ向かった。
 時間はぴったり。もてなしの準備もどうにか間に合った。
 外にいる相手が誰か確かめる間も惜しく、彼女は満面の笑みで扉を開ける。
「いらっしゃい。待っていたわよ、いずる」
「ご無沙汰してたわね、お邪魔するわよ」
 見慣れたいつもの玄関先を背景に、久しぶりに見る親友はにっこりと懐かしい笑みを浮かべていた。
 それは実に、十年ぶりにもなる再会だった。

 聡子にとって“いずる”という人間は、一番の親友であると同時に常に憧れの女性でもあった。
彼女たちが初めて逢ったのは大学一年次の最初の授業。偶然席を隣り合わせたという形で出会った二人は、それから卒業までの四年間をいつも一緒に過ごした。
 大人しくて目立たない聡子と、少々突飛ではあるものの美人で勝気ないずる。正反対の二人だったが、不思議と気は良く合った。
 自信家だったいずるは自らの美貌についてもよく熟知しており、時にはそれを鼻に掛けることもあったが、そんな所も含めて聡子は彼女に魅力を感じていた。聡子にとってはいずるの何もかもが、常に羨望の対象だったからだ。
 だから将来を嘱望されるほどに優秀だった彼女が、海外転勤となった年上の恋人を追いかけて大学卒業後すぐに南米に行ってしまった時も、聡子は非常に驚いた一方でさすがはいずるだと喜ばしく思ったものである。いずるは風変わりな天才肌の持ち主で、いつだって平凡な自分の予想を大きく裏切ってくれるのだ。
 遠くの国で暮らし始めたいずるは、その長い間に日本に帰って来ることは一度もなかった。
 恋人の転勤に付き合っていたこともあるが、暮らしていた南米の島国で独自に始めた研究が軌道に乗りはじめたということもある。これまで詳しく聞いたことはなかったが、それは実際かなりの成果を得たようで、とある国の大きな企業と合同での開発事業も行っているとの話だ。
 一方聡子はOL時代に出会った男性と結婚し、いまは専業主婦になっている。
このように大学を卒業してからはまったく別々の道を歩み始めた二人だったが、しかし最近は便利になったもので、メールやチャット、あるいは国際電話などによって二人の仲が疎遠になることはなかった。むしろ物理的な距離が生じた分、精神的にはよりいっそう親密になったと言っていいぐらいだ。
 もっとも四年前の結婚式に出席してもらうことが適わなかった時はさすがの聡子もだいぶ落胆したものだが、今となってはそんなこと大したことではない。
 なにしろやっといずるの恋人――今となっては夫の転勤が終わり、彼女は日本に帰ってきたのだ。


「お洒落な部屋ね。聡子らしいわ」
「ありがとう」
 室内を見回してのいずるの言葉に澄ました素振りで礼を言いながら、聡子は心の中で快哉をあげる。
 いずるにそう言ってもらいたいがために、3週間前から模様替えに気合を入れていたのだ。これでこそ、その苦労も報われるというもの。
 お茶請けのケーキをつつき、他愛もない話に花を咲かせながら、聡子は目の前にいる友人の存在に軽い興奮を覚えていた。
 これまでもずっと電話やチャットで親しく会話をしてきてはいるが、直接会うのは十年ぶりのことである。しかも目の前にいるいずるは最後に顔を合わせたときからまったく変わらない、あの頃憧憬の眼差しで見つめていた大人っぽくて綺麗な女性のままなのだ。そのため当時の憧れが、また熱病のようにふつふつと胸のうちに湧き上がってくるのを聡子ははっきりと感じていた。
「結婚式には出られなくってごめんなさいね。聡子の旦那さんは確かお役所に勤めているのだったかしら」
「ええ、そうよ。でも最近は会議続きで大変みたい」
 いずるの気遣いに聡子はほんのりと頬を染める。返す言葉も半ば上の空である。
「それじゃあ家に一人で寂しいでしょう。子供でもいれば気が紛れるかも知れないわよ」
「子供ね……。あたしあんまり好きじゃないのよ」
 聡子は微かに表情を曇らせた。
 家庭的な性格から誤解されることも多いのだが、聡子は子供が好きではなかった。むしろ大嫌いだと言ってしまっても過言では無いだろう。
 聡子の旦那はずっと子供が欲しがっているのだけれど、いつだって聡子の方がやんわりそれを拒絶している形である。子供の世話に明け暮れるよりも、いつまでも変わらず夫と二人で暮らす方が彼女にとってはずっと好ましかったからだ。
「そう言ういずるはどうなの? やっと日本に帰ってきたものだから、ようやく安心できる環境で子供が作れると思っているのかしら」
「わたしが子供を持つことは無いわよ」
 そう言っていずるはふっと微笑を浮かべる。
 その意味ありげな笑みに、断定的な物言い。大したことではないはずなのに、しかし聡子はふいにそれが気に掛かった。
 そんな思いが呼び水になったのだろうか。
 再び気の置けない親しげな会話を弾ませながらも、なぜだか聡子は親友のいずるに対して違和感を覚え始めていった。
 始めはおぼろげだった小さな棘のようなその感覚は、しかし時間が経つにつれて徐々に大きくなり、やがて聡子の目にも到底見過ごせないものになっていた。
 聡子は目の前の友人をまじまじと見据える。
 十年ぶりに会った友人。顔を合わせるのは久しぶりでも、ずっと機械越しに交流はあったのだ。声も口調も間違えるはずがない。何よりもその顔は十年前に会った時からまったく変わらず――、
(――あっ……)
 とうとつに、聡子は違和感の正体に気がついてしまった。
 以前に会った時と変わらない友人の顔。十年前からまったく変わらない顔……。
 そう。――変わらないことこそがおかしいのだ。
 二人が最後に会ったのは二十代前半の頃。心も身体も充実し、若々しさが満ち溢れていた年。
 しかしあれから十年もの月日が経ち、自分自身の実感としもそろそろ年齢を感じずにはいられない。肌の張りも衰え、目尻や口元の皺も気になりだしてきた。
 だというのに、目の前にいる親友だけは、あの時から時が止まってしまったかのように若いままなのだ。それはあきらかに、不自然なほどに。
 ぐびり、と思わず聡子の咽喉が鳴った。
 これはいったいどういう事なのか。
 いったん気付いてしまえば、聡子にはその理由を追及せずにいることが、どうしてもできなかった。
「……あなたときたら、ちっとも変わりがなくて嬉しいわ」
 意を決した聡子は恐るおそる、まるで世間話の続きのように話を切り出す。
「だけど見た目も、ほとんど変わっていないというのが不思議ね。もしかすると何か――特殊な美容法でも、あるのかしら……」
 言葉だけは賞賛するように、しかしその目は明らかに不信の色を――漠然とした恐怖を宿している。
 そんな聡子の怯えに気付いてないはずがないにも拘らず、しかしいずるは平然とした態度を崩さなかった。
「――そうね。あなたにだったら教えてもいいかも知れないわね」
 いずるはほんの少しだけ躊躇する素振りを見せた後、内緒話を持ちかける子供のように悪戯っぽく聡子にささやきかけた。
「わたしは特別な美容法なんて何もやっていないわ。だけどね、若さを保つための素晴らしい方法なら知ってるの」
 いずるは陽気な、しかし同時にどこか不吉な笑みを浮かべる。
「――そ、その方法って……?」
 聡子は恐るおそる尋ねる。いずるはにっこり微笑んで答えた。
「それはね、“死体”になるの」
 唐突過ぎるその言葉に、聡子はぎょっとしていずるを見た。
 冗談としか思えない、それはまるきり現実味のない言葉であった。けれどいずるにはどこもふざけている様子はなく、それが逆に何とも気持ちが悪かった。
「ねぇ、いずる。変な事言うのはやめ――、」
「聡子はゾンビって知っているかしら」
 聡子の声を遮るようにたずねられたいずるの言葉に、聡子はためらいながらも小さくうなずく。話の中身はともかく、ゾンビと言う言葉自体には聞き覚えがあった。
 ゾンビ――それはホラー映画などで良く出てくる、動きまわる死体の化物だ。けれどそれが果たして、何だと言うのか。
「わたしが住んでいた南の島は本当に田舎でね。古い伝承や宗教もまだまだ立派に生きていたの。荒唐無稽とも思える言い伝えの中には、俗にゾンビと呼ばれるものと同じ伝説もあったわ」
 ふふっといずるは無邪気な笑みを浮かべる。
「わたしはそれにとても興味を持ってね、詳しく研究してみたわ。そしたら驚くことに、本当に見つけだすことができてしまったのよ」
 どこか誇らしげないずるに聡子は唖然としながら聞き返す。
「それって、まさか――、」
「生命活動を停止させたまま日常生活を送る事を可能にする方法――ようするにゾンビのなり方よ。まぁ、伝承そのものとはさすがにだいぶ違っていたけどね」
 聡子は大きく目を見開いた。
「――冗談でしょっ。そんなことできるはずないわ!」
「冗談も何も、今あなたの目の前にいるのよ」
 ふいにいずるは聡子の腕を掴んだ。その手はまるで氷のように冷たい。
 ぎょっとした聡子は反射的にその手を振り払ってしまった。その反応がおかしかったのか、いずるはくすくすと愉快そうに笑う。
「まぁ、正確には死んでいるわけじゃないんだけど。でも肉体的にはほとんど死者と変わらないわ。生きているように見えるけどね」
 ほら、といずるは何でもない顔でケーキのフォークを腕に突き刺す。聡子はぎょっとして息を呑むが、ぱくんと開いた傷口からは、しかし一滴の血も流れてはこなかった。
 聡子には知るべくもなかったが、その効果の正体は一種のバクテリアによるものである。
 そうした特殊な菌を寄生させることにより、極めて特殊な状態を身体の中に作り出しているのであった。
 いずるはさらに内緒話を打ち明ける調子で続ける。
「実はこの研究成果に興味を持った企業もあってね。今この技術が美容法として確立されつつあるの」
「どうしてっ!?」
 聡子は再び目を見張る。いったい誰が好きこのんでこんな死体モドキになりたがるというのだ。
「どうして?」
 しかしいずるは逆に不思議そうにたずね返した。
「だって年を取らずに済むのよ。皺や肌の弛み、白髪なんかに怯える必要はない。永遠に若いままでいられるの」
 そう言って微笑むいずるは確かに若々しく、そして妖しいほどの魅力に溢れている。
「もちろん生き物として自然な形を歪めるのだから、色々弊害もあるわ。だからおおっぴらにはできないけれど、すでに試験的にこの美容法を試した人も少なくないのよ」
 例えば、と世界的に有名な女優の名前をいずるは何人か挙げる。聞き覚えのある名前の数々に聡子は愕然とした。
「きっと数年後には、多くの女性が永遠に衰えることのない美貌を手にするわ」
 そして実際、それは確かにこの世界に広まりつつある。
「だから……ねぇ、聡子。あなたも、――いっしょに時を止めてみない?」
 聡子は自分を誘う親友をただ呆然と見いっていた。
 十年来の友は、あの頃とまったく変わらぬまま。
 あの頃、自分が何よりも憧れていた。
「だ、だけど、いずる――、」
「なぁに?」
 いずるは親しげな表情を聡子に向けて微笑みかける。
(ああ……)
 聡子はもはや何も言うことができなかった。
 いずるは七年の時を経てよりいっそう魅力的な存在感を持っている。
それは何にもまして抗い難い、甘い甘い誘惑だった。
 聡子は眩しそうに目を細めて、目の前の相手にゆっくりと小首を傾げた。
「そんな事をして……やがて腐ってしまったりはしないかしら?」
 いずるはその言葉に楽しげに、そして嬉しそうに笑った。
「大丈夫。優秀な防腐剤があるもの」
 そして二人は顔を見合わせてコロコロと笑いあった。
 それは軽やかで親しげな――そして、懐かしく歪みきった、あの頃とまるで変わらない親友同士のやり取りだった。



 ――彼には最近、不思議に感じることがあった。
 結婚して十年近くを共に過ごした妻。
 その彼女が結婚当初からか、まったく歳をとっていないように感じられて仕方がないのだ。
 学生時代の友人と共に、独自の美容法のセールスレディをしている妻。
 聞けば若さの秘訣はどうやらその美容法にあるらしいが、いったいそれがどんなものなのか、男の自分にはさっぱり見当もつかない。
 むしろ時どき、自分の子供を持てなかったせいで彼女はいつまでも無邪気な少女のようなままなのかも知れないと彼は思ったりもする。可哀相な彼女は、気付かぬ間に子供ができない身体になってしまっていたのだ。
 彼女が熱心に仕事に打ち込んでいるのも、もしかするとそこに一因があるのかもしれない。
 だけど彼はすぐに首を振って、自らの参席する会議に集中し始めた。仕事とは言え、この議題は自分にとっても無関係ではない。それに、自分の妻がいつまでも若く美しいままでいる事を嫌がるような男はいないのだ。
 彼らは招集した専門家の意見に真剣に耳を傾ける。専門家はもっともらしい調子で、こう話していた。
「――近年、急激に進行が進んだ少子化の原因を解明すること。それこそが我々の一番の課題かつ、最も早急に解決しなければならない大きな問題であり……」
 いつまでも若く美しい妻を持つ男たちは、何も知らないままに、未来を憂う話し合いを続けているのだった。

 


【終】  

 

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