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『 部屋とクーラーとあたし 』

 

 



 困ったことに、購入してから今年で3年目になろうというクーラーの調子があんまり良くない。
 買った当初に相当ケチってしまったため今ではかなりの旧式の型だし、あったら便利な機能も軒並み付いていない。だからいい加減観念して、そろそろ買い替え時かなぁと思ったりもする。
 だったら最後にちょっとだけ、試してみてもいいかなと考えたのだ。
 これまで一度も使ったことがなかった――『呼び出しボタン』とやらを。

 正直に言うと、あたしは機械にはあんまり詳しい方じゃない。
 取扱説明書も最初の二ページ(すなわち目次)でギブアップする、とりあえずスイッチをいれて動けばそれでいいというタイプ。何となくいじっているうちにだいたいの使い方も分かってくるし、あえてややこしい機能を使いこなす必要性だって感じない。
 だからあたしは部屋にあるクーラーのリモコンに、電源のスイッチや温度調節のボタンと並んで付いていたこの『呼び出しボタン』が何なのかも購入から3年経った今もさっぱり知らないままだった。
 ぶっちゃけ故障時に修理センターと連絡がとれるとか、そういう機能だと考えていたのでやたらと押さないほうがいいとためらっていたと言うこともある。
 だけどこれで最後になるかもしれないのだし、よっぽど高い料金を請求されない限りは修理センターに来てもらって直るものなのかどうか判断してもらうのも悪くない。
 だからあたしはそのつもりで、思い切ってそのボタンを押してみることにした。
 
 だけどその結果起きたことは、――あたしの予想を大幅に裏切るものだった。
 
 ボタンを押した次の瞬間、しゅるしゅるとクーラーの送風口から白い煙が噴出する。
 それは見る見るうちに固まって色が付いてついには人の形になり、あたしに向かってこう聞いてくる。
「お呼びですか、ご主人様?」
「呼んでね――っ!!」
 いや、呼んだ。確かに呼んだ。反射的に全否定してしまったけれど、確かにあたしはしっかりと呼び出しボタンを押したよ。
 しかし、まさかこんなのが呼び出されてくるとは夢にも思わないじゃないか。
「ちょ、ちょっと待って! あえて聞く。改めて聞く。なかんずく聞く。……誰よ、あんた!?」
「えぇ!? 見て分かりませんか、クーラーの精ですよ」
「分かるかぁ!!」
 甘えた声で答える煙を殴りつけようとしたが、するっと避けられた。あ、なんか腹が立つ。
 ふよふよと宙に浮く謎の煙人間は大仰な仕種で首を傾げた。
「う〜ん、3年間無視され続けたと思ったら呼び出された途端のこの濃密なスキンシップ。ご主人様は太く短くが信条のようですね」
「勝手に決め付けないでよ!」
「それより早く、何か願い事を言ってくださいよ」
「願い事?」
 イエースとクーラーの精とやらは親指を突き出した。くそう、なんだこのいちいち癪に触わるむかつきっぷりは。ぶん殴りてぇ。
 しかしそこであたしははたと気付く。そう言えば昔話とかでもランプの精が出てきて、三つの願い事をかなえたりしたよな。
 何だか正直言っていまいち訳が分からないが、これは千載一遇のチャンスだ。
 この機会をみすみす逃すのはもったいないと、そう思い至ったあたしは慌てて頭をフル稼働させた。
 この間のテストの点があまりにも悪くて9割がた落としたことが確実な東西アジア交流史の成績を可にしてくれとかどうだろう。いや、むしろ良に、いっそ優に!
「……って、さすがにそれはしょぼいか」
 願いを叶えてくれるといわれて、学校の授業の評価をひとつ良くしてくれというのはさすがに人として情けないだろう。いくらなんでも欲がなさ過ぎる。
 むしろ人類共通の夢といえば、金だろう金。即物的とか言われても構うものか。とりあえず、金さえあれば生活にも困らないし新しいクーラーだって買えるじゃないか。
 よし、と意気込んだあたしはクーラーの精に「億万長者にしてくれ」と言おうとした。しかしそれに先駆けて、あたしはたずね掛けられる。
「ご主人様の望みはクーラーの設定温度を下げることですか? それとも冷風を送風に変えますか?」
「しょぼっ!!?」
 ちょっと待て、何だそれは。そのあたしの最初の願いに輪をかけてしょぼい願いは。
「まさか……あんた、それぐらいのことしか叶えられないの!?」
「当然じゃないですか。だって自分、クーラーの精ですよ」
 エッヘンとか胸を張るな!
「だってランプの精とかは何でも願いを叶えてくれるじゃん!」
 あ〜、あれですかぁ。と途端にクーラーの精は困った顔をした。
「あの話は結構同業者の間でも迷惑してるんですよね」
 やれやれと肩をすくめる。
「お話の中じゃごっちゃにされているけど、あの時願いを叶えたのは魔神であってランプの精じゃないんですよ。本当のランプの精は炎を大きくしたら小さくしたり、ふたを開け閉めするぐらいしかできないんですよねぇ」
「何だその無能っぷりは!? じゃ、じゃあ試しに聞くけど、もしも今ここにテレビの精とかが現れて願いを叶えてくれるといっても――、」
「きっと音量の上げ下げとか、チャンネルを変えたりはできると思いますよ?」
「しょぼすぎだろうがっ!」
 と言うかすさまじくしょぼい! 何だこのお得感ゼロの精霊は。
「だって誰しも、持って生まれた分を超えることなんてできないんですよ」
 クーラーの精はどこか陰りのある笑みを浮かべ、ふっと遠くを見る。
 つうかそれで恰好つけてるつもりか。あたしはがっくりと肩を落とした。
「分かった……。理解したわ。ようするに、あなたはクーラーに関する願い事しか叶えることができないのね」
「はい、その通りです」
「逆に言えば、クーラーに関する願い事なら叶えることができると」
「いやぁ、ご主人様は察しがいいですねぇ」
 つうか、察しのいい悪いじゃなくてそれくらいもできないようならマジで殴るし。
「じゃあさ、いまクーラーの……あなたの調子が悪いのを何とかしてもらうって言うのはできる?」
 おずおずとあたしがたずねた言葉に、クーラーの精はにっこりと微笑む。
「ああ、そんなのお安い御用ですよ」
 そう答えたクーラーの精が目を閉じると、すぅっと全身をどこか神秘的な燐光が包み込んでいく。
 驚いたあたしが言葉も出せないでいるうちに、ふっとそれは唐突に収まり、クーラーの精は目を開いた。
「はい。お待たせいたしました」
「うわぁ、ファンタジーだっ!!」
 あたしは感動のあまりぱちぱちと手を叩く。すごい、これはすごいぞ! あたしは自分の頬が紅潮しているのが分かった。
「今のでクーラーが直ったのね!」
 成し遂げられたことはなんかちょっと、むしろかなりしょぼいけれど。でもこんな不思議なことが目の前で実際に起こるなんて。
 しかしクーラーの精はきょとん目を瞬かせる。
「えっ、違いますよ」
「へっ?」
 あたしもつられて目をぱちくりさせる。嫌な予感にひくりと頬がひきつる。
「今ので……クーラーが直ったんじゃないの?」
「ええ、直ってません」
 じゃあ、あのやたらめったらもったいぶった、あのポーズは――?
 その問いにクーラーの精は、一片の曇りもない屈託のない笑顔でこう答えてくれた。
「今、修理センターに連絡しました。あと二十分ほどで係員の人が来てくれると思いますよ」
「――ふっっざけんなあぁぁっっっ!!」
 幻想を粉々に打ち砕かれたあたしは、履いていたスリッパを思いっきりクーラーに投げつける。
 クーラーの精のあげる情けない悲鳴に、なんだかちょっとすかっとした。



 結局故障は簡単な修理で直ってしまって、あたしの部屋には未だ3年前に購入したクーラーが陣取っている。
 その後ちょくちょく出てくるようになったクーラーの精は相変わらずうざいけれど、この呼び出しボタン、どうやらあたしが付いてて欲しいと思っていた『お休みタイマー』の代わりに使えることが発覚したので、とりあえずしばらくはまだ買い換えないでいいやと思う。
 ただし次に新しい電化製品を買ったときには、謎のボタンは説明書をよく読んでから押すことにしようと、あたしは固く心に誓っておいた。


 

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