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≡≡ 魔王の城を満つ月は照らす ≡≡



 地鳴りにも似た不気味な鳴動がどこかから響き渡っている。時折、人の悲鳴を思わせる鳥の声が、耳をつんざいた。
 窓の外は絶え間なく雷鳴を閃かせる暗雲が立ち込め、昼にもかかわらず辺りは薄暗い。この雲が晴れることがあるとすれば、それはこの魔の城から主が去った時のみだろう。
 美しく、同時に禍々しさをも感じさせる装飾が、蝋燭のわずかな明かりを鈍く照り返しその輪郭を明らかにしていた。
 大広間には豪奢な椅子が一脚、薄闇の中に溶け込むように静かに置かれている。広い室内にあるのは、ただそれだけだ。
 薄闇と重苦しい沈黙に支配されたそんな部屋に、ふいに騒々しい足音が届いた。
「見つけたぞ、魔王!」
 静寂を打ち破るかのごとく大きな音をたてて扉が開く。それを待っていたように、室内の明かりが突如眩く灯った。
「今日こそが、お前の最期だ!」
「ふはははははっ、よくぞ参ったな! 勇者どもよ!」
 室内に雪崩れ込むようにやってきた数人の男女に対し、この部屋で唯一の椅子に無言で腰掛けていた者が勢い良く立ち上がる。ばさりと重い音をたててマントがはためいた。
「威勢が良いのは結構だが、果たしてそううまくいくものかな」
 雷のごとく嘲笑う低い声が、おどろおどろしく室内に反響する。
「当たり前だ! お前の悪行もこれまでだぞ!」
 白金色に輝く鎧をまとい七色に光る水晶の剣を手にしたまだ若い少年が、城の主に指を突きつけた。彼の背後ではローブを着た老人や、筋骨隆々の男、弓矢を構えるエルフ耳の女性などが一様に少年の言葉にうなずいていた。
「悪行か……これは面白い」
「何がそんなにおかしい!?」
 くつくつと笑う男を、少年は睨みつける。
「お前たち、随分と新品の装備品を身につけているが、それはどこで購入した?」
「い、一番近くの町でだけど……」
 場違いとも思える質問にエルフの女性が戸惑うように答える。
「城下町の武器屋の主人が、一番高い武具や防具を底値ぎりぎりまで値切られ強奪同然に持っていかれたと嘆いていたが、果たして誰の事かな」
「うっ……」
 彼らは思わず言葉に詰まる。勇者一行に180の精神ダメージ。
「しかも押し付けるように売りつけられた中古の装備品は、傷だらけのぼろぼろで売り物にはならなかったから大損だという話だ。まったく酷い話ではないか」
「仕方がないだろっ。そうでもしないと一番いい武器と防具をそろえることができなかったんだ!」
 たくましい身体をした大男が肩をいからせて言い返す。戦士の反撃。だが魔王は追撃の手を緩めない。マントをまとった男は半眼に細めた目で一同を見下ろした。
「他にもこの城には、勇者と名乗る一行に家に押し入れられタンスの中や壺の中に入れて置いた金品を強奪されたという訴えが各地の村々から届いているのだが、それも仕方がないことなのだろうか」
「そりゃ、本来なら悪いことだとは分かってるよ! だけど魔王を倒すためにはみんなの協力が必要不可欠だったんだ……っ」
「つまり開き直るわけか」
 勇者の身を切るような訴えを魔王は冷徹な眼差しで切り捨てる。勇者の攻撃は失敗。
「それもそうだろうな。まともに働くならば稼ぐ方法はいくらでもあろうというものを。そういえばカジノで勇者らしき一行を見たという情報も……」
「ぐほぉっ、げほげほっ」
 魔法使いの杖を持った老人が腰を曲げ激しく咳き込む。魔法使いは魔王の攻撃を打ち消した。
「さすが魔王……、なんて容赦のない攻撃なんだ……」
 くっと戦士が悔しそうに歯軋りする。魔王はあまりにも威風堂々と彼らの前に立ち塞がっていた。勇者はきっと前を向いて声を張り上げる。
「うるさいうるさいっ! この国の高齢化も就業率の低下もデフレスパイラルも、すべてお前がいけないんだ! お前さえ倒せば、全てがよくなるんだ!」
「よく言った小僧! ならば貴様の覚悟、見せてもらおう!」
 剣を構える勇者の前でばさりと魔王がマントをはためかせる。教会の葬送を思わせる鐘の音が激しく鳴り響いた。すると、
「あ、時間だ。帰らないと」
 憑き物が落ちたような顔であっさりと少年が剣を降ろした。
「勇者ぁぁっ」
 背後の仲間たちががたがたと崩れ落ち、落胆したような声を響かせる。
「言ったじゃん。今日は六時から塾だから、この時間までしか無理だって」
 勇者が唇を尖らせて文句を言う。魔王のことはもはや眼中に無い。大切なのは世界の平和よりも自分の成績と受験のことだけだ。
「じゃ、明日セーブポイントからね」
 またな、とあっけらかんと片手を上げて勇者は来た道をさっさと戻っていく。取り残された仲間たちは所在なさげに顔を見合わせて、一度だけ深いため息をついた。


 ※  ※  ※

「おーい、もう帰るのか?」
「ええ、後片付けも全部終わりましたんで」
 くたびれたナップザックを背負った時、奥から声が掛けられた。
「そうか、じゃあ明日も残業頼むな」
「いいですけど、そろそろ給料上げるか正社員にしてくださいよぉ。ほとんど社員並に働いてるじゃないですか」
「あー、いま財政状況も厳しくてなぁ。本部には問い合わせて見るけど期待すんなよ」
 嘘か本当か返ってくる渋い声に、彼もまた眉を顰める。
「俺だって人生あるんですから頼みますよ。それじゃ、お先に上がりますんで」
 お疲れ様、と次々に掛けられる声を聞きながら彼はタイムカードを押す。
「まったくケチ臭いんだからやんなっちまうぜ。それにしても最近の子どもはなってないよなぁ。せめて挨拶位してけっての」
 ぶつぶつと呟きながら彼は裏口に置いておいたママチャリに跨って通用門を出た。そして明日、再びやって来る予定の勇者たちをなんといって出迎えるかを考えながら家路につく。
 魔王が自宅に帰った後の魔王城の上空には、雲の切れ間から綺麗な満月が浮かんでいた。

 


<終> 

 

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