家にこもっているのがちょっと勿体ないくらいの良い天気だったが、今日の俺の予定はピクニックやショッピングなんかではなく高校時代から親しくしている友人の家に久々に行くことだった。 昨晩突然メールが届き、俺は簡潔な言葉で遊びに来るよう招待を受けたのである。 本日訪ねる友人は、駅まで徒歩15分のアパートに一人暮らしをしている。几帳面な本人の性格を反映してか若い男の一人暮らしの割にはこざっぱりとした綺麗な室内で、訪ねる側としてもなんとなく居心地のいい部屋だ。もっともここのところは忙しく、俺が遊びに行くのは大体半年振りくらいのことだったが。 手土産代わりのペットボトルを買い物袋に引っさげて、訪ねた俺を迎え入れたその友人はなんだか異様なぐらいの満面の笑みだった。 「やあやあっ、よく来てくれたね。ほら、入って入って!」 普段の物静かな様子からはちょっと想像できない位のハイテンション。頭のネジが三本くらい飛んだか、あるいはよっぽど良い事でもあったのだろうかと思いながらお邪魔した俺だったが、部屋の中に入ったとたんあんぐりと口を開けて固まってしまった。 カタカナのこ洒落た名前が付いてはいるが、むしろ「○○荘」なんていうネーミングの方がはるかに似合っているぼろアパートの二階。黄ばんだ四方の壁紙を覆い隠すように高々と何段も積み上げられているのは、工事現場などでよく見かけるあの赤いカラーコーンだった。 「こ、これはいったい何なんだ…?」 俺は度肝を抜かれてその場に立ち尽くす。その円錐柱の工事標識のせいでただでさえ狭い六畳一間の部屋が一回りも二回りも狭くなっている。かなりの圧巻だ。むしろ以前訪ねたときは、こんな突拍子もないインテリアなんてありはしなかったのだが。 「ふふ、驚いただろ」 つか、驚かないでか。こんな警戒色だらけの部屋。 俺はまるきりおかしな物を見る目つきで部屋を見回す。この部屋だけどこかの前衛的な現代美術の様である。だが奴はそんな俺の眼差しにまったく気付かぬ様子で、どこか自慢げな顔をくいっとあげた。楕円形のメガネが蛍光灯の光を反射してぬらっと光る。 「あのさ、今までずっとお前に隠していたんだが、実はオレはオタクなんだわ」 友人の突然の告白に、俺はぎょっと目をむく。一般人にとってはかなりショッキングな内容だ。 「それをカミングアウトするために、今日はわざわざお前に来てもらったんだ。けれどオレとしても親しい友人は失くしたくない。できることならオレのことをさげすんだり軽蔑したりしないでくれよ。そう、オレは、」 天井を仰いで一息に言い放つ。 「カラーコーンマニアなんだっ」 思わず叫ぶ。いったいどんな好事家だ、そりゃ。 「そしてカラーコーン愛好会の会員でもある」
その会員数の方もかなり気になるところ。 ショックに荒くなった息を整えながら俺は友人を見る。長らく親しくしていた友だけにこれはかなりの驚きだ。 とんでもない宣言をかました友人は、どこか恍惚とした表情を浮かべると傍らにあったカラーコーンをそっと引き寄せた。 「オレたちの出会いは小学校の運動会だった。幼かったオレは直ちにその美しさに魅せられてしまったものさ。先鋭的でありながらマルッとした愛らしいフォルム、安定感がありながらちょっと強い風が吹くとすぐ転げてしまうそのいじましさ、さらに先端にあるポッチがなんとも官能的ではないかっ」 しかもそんなこと考える小学生ちょっと嫌。 奴は恥らうようにポリエチレンの表面をつつっと指先で撫ぜる。その仕種はまるで彼氏に甘える女子高生のようで、オレは思わずげっそりした。 「大体なんでカラーコーンなんだよ。嵌るにしてももっと色々あるだろう」 二足歩行型の機械装甲だとか等身の低いアイドル志望の猫耳美少女だとか、メジャー所をいくつか上げてみる。ちなみに俺の部屋にも眼帯と包帯をつけた某ショートカットの女の子フィギュアが一体だけ置いてあるのだが、それは誰にも秘密である。 「わかってないな。たしかにあまり有名ではないかもしれんが、こいつはただ者ではないんだぞ」 呆れる俺を無視して友人はカラーコーンの魅力をことさらにアピールする。 「カラーコーン、或いは三角コーンとして知られているが、正式な名称はパイロンと言う。その語源はギリシャ語だ」
しかも漢字で書けば「白竜」だ。 「主に交通整備のために用いられるが、その使用目的は多岐にわたる。さらに値段はお手頃、たったの280円」
いや、そんなに要らないから。むしろそんなんあっても置き場に困るから。 そこでふいに、俺は一つの疑問に思いいたった。 「そういえば、今までいったいどこに置いていたんだ。俺、これまで何度かこの部屋に来た事があったが、こんなもん始めて見るぞ」 俺は疑わしげな目で壁一面ならぬ四面全部に飾られたカラーコーンを見る。 「まあ、どうしても入らない分はお隣りさんに預かっててもらったんだけどな」 しかもだいぶ当惑したにちがいない。こんなもん、一般家庭には普通ないし。 「あぁ。この無駄をそぎ落とした繊細なフォルム、チープなお値段、合理性の極地を体現した機能美。どれをとっても素晴らしい」 奴はうっとりした眼差しでコレクションを眺める。そして一転、真剣な目で俺をじっと見つめた。 「オレはずっとこの趣味を誰かと分かち合いたかったんだ。友よ、お前なら俺のこの気持ち、理解してくれるよな」
間髪入れずに手を振った。 だが奴はそんなの聞いたこっちゃないらしく、満面の笑みで尋ねてきた。 「ちなみにカラーバリエーションはあとブルー、イエロー、グリーン、ホワイトとあるんだが、お前は何色が好きだ? オレはやっぱりレッドが一番だなぁ」 俺が大声で突っ込みを入れたとき、ぐらりと視界が揺れた。 「やばいっ!」 思ったとおり、天井まで積み重ねられていたカラーコーンの山はすべて俺たちに向かって倒れこんできた。 俺は悲鳴を上げると、頭を抱えて床に突っ伏した。
揺れがあらかた収まったのを確認して、俺はゆっくりと身を起こした。 部屋には大量のカラーコーンが散乱し、俺自身もほとんどそれに埋まっている状態だ。揺れの間、背中や頭にいくつもカラーコーンがぶつかるのを感じていたがひとつひとつの重量はそうないので怪我はしていない。 「しかしあらためてとんでもない部屋だな」 コレクションするのは勝手だが、こうすぐに倒れるようでは心臓に悪い。 まあ、何はともあれ身の無事にほっと胸を撫ぜおろした時、カラーコーンがガラガラと崩れて同様に埋まっていたらしい友人が顔を出した。どうやら奴も無事だったらしい。 しかし奴はぎょっと息を呑むと、青ざめた顔で叫んだ。 「だ、だいじょうぶかっ!?」 手近のカラーコーンを引き寄せる。そして表面に付いたわずかな欠損を見て悲鳴を上げた。 「マルガリータの玉のお肌に瑕がぁぁっっ!」 もはや突っ込む気も起きない。 「つうかさ、人間の心配もしとこうぜ。一応」 完全に己の世界に入っているマニアの横で、むなしい俺のボヤキが真っ赤な部屋に寒々と響いた。 【終】 |