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  【 嘘つきな竜 2 】   

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 裏山の真っ暗な洞窟はまるで夜のようで、あたしたちは少しだけほっとした。
 朝夕繰り返し昇る太陽には、さすがに嫌気が差していたからだ。

「ふむ、どうやらいつもの元気がないようだね。どうかしたのかい」

 鼻からちょろりと炎をのぞかせて竜が首をかしげた。

「どうしたもこうしたもないよ」

 ケビンが深々とため息をついた。

「雨がまったく降らなくなっちゃったんだ」
「ほうほう、それはお気の毒様」

 竜は素っ気無く相槌を打つ。

「お気の毒、じゃないよ。このままじゃぼくら渇き死んじゃう」
「それにこの天気じゃ山ブドウの花はみんな実をつける前に落ちちゃうわ」

 トリシアが残念そうにそう言うと、やっと竜は顔をあげた。

「それは大変だ」
「だからそう言ってるだろっ」

 ケビンは反射的に怒鳴ってから嫌な咳を数回繰り返した。
 毎日じゅうぶんに水が飲めないせいで、近頃みんな咽喉がいがらっぽいのだ。
 あたしは首をかしげて竜に訊ねた。

「ねぇ竜、何か良い知恵はないものかしら」
「じゃあこうしよう」

 あたしたちは竜の言葉に耳を寄せた。

「もう少ししたら僕がまた太陽を飲み込んであげようじゃないか。そうすれば問題は万事解決に向かうはずだよ」

 あたしたちはがっくりと肩を落とした。 こんなときにまで嘘をつかなくてもいいじゃないか。
 あたしたちは腹が立つのも通り越してなんだかとても悲しくなってしまった。

「竜なんて嫌い! もう竜になんて頼まないわっ」

 あたしたちはそれぞれ思いつく限りの悪態をついて、洞窟を走って出た。
 帰り際ちらりと振り返ると竜は怒ったりはせず、ただ肩をすくめているだけだった。

 

 
 

 そして数日後。

 あたしは一人、再び裏の山へ向かっていた。
 あれからみんなは竜にすっかり愛想を尽かしてしまったけれど、あたしはやっぱりもう一度頼み込むつもりだった。

 
 残された飲み水は人間の分がぎりぎりで、とうてい動物たちまでは回すことができない。
 もちろんうちの犬だって例外じゃなく、もうすっかり弱ってしまった。たぶんこのままでは後数日も持たないだろうとお父さんも言っていた。
 犬はあたしたちの大切な家族だ。
 死んじゃうなんて絶対にいや。

 だからあたしはどうしても、今すぐ竜に助けてもらう必要があったのだ。

 
 友達と話しながらならあっと言う間に登れる山道も、一人で登るとそれなりに長く感じる。
 ようやく天辺までたどり着くと、あたしは一息ついて汗をぬぐった。そしてオヤ、と首をかしげる。
 何だかあたりが暗いような気がする。先生が言うにはこの《白夜の季節》はまだまだ、少なくともあと一年は続くはずなのに。
 けれどそんな知識とは裏腹に、やっぱり周囲はどんどん暗くなっていく。あたしは空を見上げてはっとした。

 空にたった一つ浮かんでいた太陽の端が欠けているのだ。
 
 太陽はどんどんどんどん欠けていき、それといっしょに空はどんどん暗くなっていく。
 とうとう太陽はすっかり空からいなくなってしまった。
 久しぶりに空に夜が戻ったのだ。

 そして、その瞬間。

 洞窟から、何か途方もないくらい大きい何かが飛び出してきた。
 それはとてもとても素早かったけど、あたしの家と同じくらいの大きさがあるのが分かった。

  竜だ!

 しかしあたしがそれに気付いた時には、竜はすでに高く高く舞い上がり山脈の向こう、隣の国に向かって飛んでいってしまった。
 あたしは米粒よりも小さくなってしまった竜の影に向かって叫ぶ。

「竜―――っっ!!」

 聞こえたはずはないだろう。だけどあたしの呼びかけに応えたかのように、竜の咆哮が山中に響きわたった。

 

<BarrRWWuoonnn…!!>

 

 声は草木を、そして大地を、さらにはあたしの身体までもびりびりと震わせた。
 竜の姿は山の向こうにすっかり消えている。
 空では太陽がまた顔を出しつつあったけれど、明るくなった空に戻ったのは青空ではなかった。

 それよりも早く。

 山脈の向こうから真っ黒な雲がこの村に覆いかぶさるように広がってきたのだ。

  ポツン―――、

 あたしの頬に冷たいものが当たった。
 そしてそれを皮切りに、まるでたらいを引っ繰り返したかのようなどしゃ降りが始まった。
 あたしは悲鳴を上げて村に駆け戻る。
 それはもちろん、嬉しい悲鳴だった。

 

 
 

 雨はそれから三日三晩降り続けた。

 野菜は元気を取り戻し、川には水が戻った。あたしたちもお腹がパンパンになるまで水を飲んだ。もちろんうちの犬も元気になった。

 雨が小降りになったのを見計らい、あたしたちは裏山を登った。
 天辺まで来ると空の向こうで雨雲はぷつりと途切れ、青空がのぞいているのが分かった。あと少しで雨は止むだろう。
 恐る恐る覗いてみるが、山の洞窟は空っぽだ。竜はまだ還って来ていない。けれど、あたしたちはそれほど長く待つ必要はなかった。

 竜は、雨雲の途切れ目と共に戻ってきたのだ。

 竜は大急ぎで洞窟に飛び込んだが、わずかに間に合わず尻尾の先が差し込んだ日の光を浴び、ジュッと音を立てて焦げた。

 
 

 ―――昔々、竜は冒険者と名乗る人間に呪いをかけられ、空の光を浴びると焼け焦げてしまう身体になった。
 竜はあやうく焼け死んでしまうところを、《日食》によって難を逃れ間一髪裏山の洞窟に逃げ込んだ。傷ついた竜を近くの村人は黙って介抱した。
 それこそが、この村と竜の馴れ初めなのだという…。

 
 

 あたしたちは連れ立って一片の日の光も差さない洞窟に入っていく。

「竜…?」

 竜の鼻から漏れた炎が洞窟の中にほのかな明かりを灯した。

「やれやれ、だいぶくたびれたよ。まったく年は取りたくないものだね」

 竜はいつもとまったく変わらぬ姿勢で洞窟の奥にうずくまっている。そして深々とため息をついた。

「竜、尻尾痛くないの?」

 ケビンが恐る恐るたずねる。竜の尻尾は真っ黒焦げで端からぼろぼろと崩れていた。しかし竜はあっさりと答えて身をゆする。どうやら苦笑したようだった。

「何、こんなモノしばらくすればまた生えてくるからね」

 あたしたちはその言葉を聞いてほっと胸を撫ぜ下ろした。
 トリシアが労うように竜に言う。

「秋になったら山ブドウの実をいっぱいいっぱい持ってきてあげるからね」
「ほう、それは楽しみだ」

 竜は目を細めてうなずいた。

「竜、雨を降らせてくれて本当にありがとう」

 あたしたちは精一杯の感謝を込めてお礼を言うのだが、竜はいつもの通り済ました顔でこう答えるだけだった。

「言っただろう。僕は太陽を飲み込んだことがあるんだってね」  

 あたしたちは顔を見合わせて笑う。
 竜は相変わらず嘘つきだけど、あたしたちはそんな竜が大好きなのだから。
 

【終】

 

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