裏山の真っ暗な洞窟はまるで夜のようで、あたしたちは少しだけほっとした。
「ふむ、どうやらいつもの元気がないようだね。どうかしたのかい」 鼻からちょろりと炎をのぞかせて竜が首をかしげた。 「どうしたもこうしたもないよ」 ケビンが深々とため息をついた。 「雨がまったく降らなくなっちゃったんだ」
竜は素っ気無く相槌を打つ。 「お気の毒、じゃないよ。このままじゃぼくら渇き死んじゃう」
トリシアが残念そうにそう言うと、やっと竜は顔をあげた。 「それは大変だ」
ケビンは反射的に怒鳴ってから嫌な咳を数回繰り返した。
「ねぇ竜、何か良い知恵はないものかしら」
あたしたちは竜の言葉に耳を寄せた。 「もう少ししたら僕がまた太陽を飲み込んであげようじゃないか。そうすれば問題は万事解決に向かうはずだよ」 あたしたちはがっくりと肩を落とした。
こんなときにまで嘘をつかなくてもいいじゃないか。
「竜なんて嫌い! もう竜になんて頼まないわっ」 あたしたちはそれぞれ思いつく限りの悪態をついて、洞窟を走って出た。
そして数日後。 あたしは一人、再び裏の山へ向かっていた。
だからあたしはどうしても、今すぐ竜に助けてもらう必要があったのだ。
空にたった一つ浮かんでいた太陽の端が欠けているのだ。
そして、その瞬間。 洞窟から、何か途方もないくらい大きい何かが飛び出してきた。
竜だ! しかしあたしがそれに気付いた時には、竜はすでに高く高く舞い上がり山脈の向こう、隣の国に向かって飛んでいってしまった。
「竜―――っっ!!」 聞こえたはずはないだろう。だけどあたしの呼びかけに応えたかのように、竜の咆哮が山中に響きわたった。
<BarrRWWuoonnn…!!>
声は草木を、そして大地を、さらにはあたしの身体までもびりびりと震わせた。
それよりも早く。 山脈の向こうから真っ黒な雲がこの村に覆いかぶさるように広がってきたのだ。 ポツン―――、 あたしの頬に冷たいものが当たった。
雨はそれから三日三晩降り続けた。 野菜は元気を取り戻し、川には水が戻った。あたしたちもお腹がパンパンになるまで水を飲んだ。もちろんうちの犬も元気になった。 雨が小降りになったのを見計らい、あたしたちは裏山を登った。
竜は、雨雲の途切れ目と共に戻ってきたのだ。 竜は大急ぎで洞窟に飛び込んだが、わずかに間に合わず尻尾の先が差し込んだ日の光を浴び、ジュッと音を立てて焦げた。
―――昔々、竜は冒険者と名乗る人間に呪いをかけられ、空の光を浴びると焼け焦げてしまう身体になった。
あたしたちは連れ立って一片の日の光も差さない洞窟に入っていく。 「竜…?」 竜の鼻から漏れた炎が洞窟の中にほのかな明かりを灯した。 「やれやれ、だいぶくたびれたよ。まったく年は取りたくないものだね」 竜はいつもとまったく変わらぬ姿勢で洞窟の奥にうずくまっている。そして深々とため息をついた。 「竜、尻尾痛くないの?」 ケビンが恐る恐るたずねる。竜の尻尾は真っ黒焦げで端からぼろぼろと崩れていた。しかし竜はあっさりと答えて身をゆする。どうやら苦笑したようだった。 「何、こんなモノしばらくすればまた生えてくるからね」 あたしたちはその言葉を聞いてほっと胸を撫ぜ下ろした。
「秋になったら山ブドウの実をいっぱいいっぱい持ってきてあげるからね」
竜は目を細めてうなずいた。 「竜、雨を降らせてくれて本当にありがとう」 あたしたちは精一杯の感謝を込めてお礼を言うのだが、竜はいつもの通り済ました顔でこう答えるだけだった。 「言っただろう。僕は太陽を飲み込んだことがあるんだってね」 あたしたちは顔を見合わせて笑う。
【終】 |