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 天の歌姫 地の奏で手
  
〜変わらない日常の一幕〜

 

 

 賑やかな酒場の裏手。
 荒々しく扉を開けて出てきたそいつに、俺は声をかけた。

「よぉ。おつかれ」

 そいつは俺をきっと睨むと、酷く傷付いた顔をしてそっぽを向く。

「どうしたんだよ?」

 おれは何がそいつをそんなに怒らせているのかが分からない。ふくれっ面のそいつの顔を下からのぞきこむと、

「もうしないって言ったはずだろう!」

 そいつはいきなり叫んだ。

「何でまた僕がこんな事させられるんだよ!」  

 ようやく納得がいく。
 俺はニヤリと笑って、自分の唇を指し示した。

「ついてるぜ? 口紅」

 顔を真っ赤にすると、そいつはごしごしと乱暴なしぐさで口をぬぐう。

「僕はもう、本当に、二度と、やんないんだから!!」

 俺は首をかしげる。

「それは女装の事か? それとも酒場で歌うことか?」
「両方!!」

 そう怒鳴って俺に背を向けた。
 俺はにやつく口元を片手で押さえ、残った手をそいつの肩にぽんと置いた。

「分かった。もう二度とこんな事させないから」
「…この前も同じ科白聞いた気がするよ」

 肩越しに自分を見る顔は化粧をしてもおかしくないほど、いや、化粧なんか必要ないほど端整でキレイなつくりをしている。だがこの幼さの残るかわいい顔を見て、こいつが十八歳だと分かる奴が何人いるだろうか。

「そうだな。確かに俺も同じことを言った気がするぜ」

 俺は先程のこいつの言葉にあっさりとうなずいてやる。
 するとこいつは顔をしかめて振り向くと、俺の顔ギリギリに指を突きつけてきた。

「分かっているならやるな! 約束を破るな! 何度同じことを繰り返していると思ってるんだ!」

 俺は頭をかいて、一歩後ろに下がった。
 何度かって?
 そんなこといちいち数えているわけがないだろう。

「37回だよ!」
 そいつは当然のことのようにそう怒鳴った。
 俺は思わずあきれた目でそいつの顔を見てしまう。

「おまえって奴わ…」
「ああ! そんなことはどうでもいいんだっ」

 そいつはぶんぶんと首を振った。

「僕は、あなたがどうしようもない嘘つきで、悪党で、嫌な人だっていうのをちゃんと知っている。だけど同じ事柄について37回も約束を無視されてニコニコしていられるほど、僕は聖人じゃないんです!」

 はぁはぁと息を切らして、真っ直ぐに俺を見つめる瞳。
 俺は、反射的にそれを潰してやりたくなった。

 純粋で無垢な、子供だけが持つ目。
 無邪気で無責任で無神経で、だからこそ何よりも強い光。

 虫唾が走る。

 俺は顔をしかめると、そいつの目の前に指をやった。

 そして―――――、そうする替わりに思いっきり鼻を引っぱってやる。

「いはいいはいっ(痛い痛いっ)」

 鼻にかかった叫び声。
 そう。
 俺もまた、ここまで言われて黙っているほど聖人ではないのだ。

「馬鹿者! 俺が一度でもおまえに強制したことがあったか? ないだろ。全部おまえが自分で決めたんだろうが!」
「で、でも…」

 持ち上げられるように鼻を引っ張られ、苦しそうに反論するが俺は無視した。

「俺がおまえに頼んで、その結果おまえが 『はい。いいです』 と言ったんだ。承諾したのはおまえだ。嘘つき呼ばわりはやめて欲しい」

 俺はぱっと手を離す。
 そいつはバランスを崩して、その場でしりもちをついた。
 追って俺もしゃがみ込む。

「だいたいな、嫌なら断ればいいんだ。断ったからって殺されるわけじゃない。だがそうしなかったのはおまえだろ」

 自分の口でやると言っておきながら、後から本当はやりたくなかったと文句を言うのは卑怯者のする事だ。

「ずるい…。あなたが言っているのはずるい理屈だ」 

 ぼそり、とそいつはつぶやいた。
 うつむいていて表情は見えないが、どんな顔をしているかは簡単に分かる。

「あぁ、そうだな。だが、間違ってはいないだろう?」

 ぎりっとそいつの唇を噛む音が聞こえたような気がした。
 嫌なら断ればいい。
 そしていかな理由であれ一度うなずいたのなら、どんなに嫌でもやりとおすのが筋というもの。自分で蒔いた種は自分で刈り取らなくてはならないのだ。

「自分の言動くらい自分で責任をとれ」

 冷たく言い放ち、俺は立ち上がった。

「ほれ、さっさと立てよ」

 のろのろとなかなか動こうとしないそいつを、猫の仔を持ち上げるように首根っこを掴んで立たせる。

「ちゃっちゃと動け。急いでんだから」
「急ぐ?」

 そいつは実に嫌そ〜な顔をしてこっちを見た。 …だんだん鋭くなってきて困る。

「また、何かしたの?」

 俺はさり気なーく視線をそらした。

「いや…何、ちょっとばっかし…… 賭けで大負けしてな」
「あ、あなたって人は!!」

 そいつは絶句する。

「安心しろ。宿に金を取ってくると言ったからまだ時間はある」
「そういう問題じゃないでしょう!」
「夜逃げ、しようぜ」

 語尾にハートマークをつけると、奴もようやく観念したようだった。
 頭を抱えると盛大なため息をつく。

「僕はどうしてこんな人と一緒にいるんだろう…」
「そりゃ、おまえみたいな世間知らずが独りで歩いちゃ世間に迷惑だからだろう」

 そいつの頭を掴んで、俺はそのまま走り出した。

「そうそう、金が無くなっちまったから次の街でもまた歌ってもらうぜ」
「ちょっ、ちょっと!?」
「何だよ。おまえだって他人事じゃないだろ。あと客の入りがいいから女装もしてもらおうか」
「い・やです」

 きっぱりした答えに俺はにやりとした。やはりこっちの方が張り合いがある。

「俺が伴奏を弾いてやるよ。ならいいだろう?」

 そいつは頬をふくらませると、しばらく考える。そして、めずらしく歯を見せて笑った。

「取り分が七三なら考えてあげてもいいですよ。もちろん僕が七」

 思わずつんのめる。

「おいおいおい」
「あなたが女装するなら六四でいいです」
「…せめて五五にならん?」
「なりません」

 俺は口元を引きつらせた。
 確かに張り合いが欲しいとは思ったが、いきなりここまで生意気にならんでいい。

「僕はもっと図太くなります。じゃなきゃ損をするだけだとやっと悟りました」

 その上、いけしゃあしゃあと言い放たれる。
 これも…、自分で蒔いた種と言うのだろうか。

「く、くくくくく」
「?」

 俺は必死で笑いを押し殺した。
 なら、自分の言葉の責任ぐらい自分で取ってやる。
 ぽかりと俺はそいつの頭を殴った。

「調子にのんなよ? 小僧」
「小僧じゃありません! 僕の名前は――――― 」




   深夜の街を駆け抜ける二人。  

   それを照らすのは片割れの月の微かな光。

   これは、彼とあの人が出会ってそう間もない頃の話。




<了>

 

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