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◇◆◇ 百万と一人の願い事 ◇◆◇

 それはいつかの時代のこと。
 どこかの国の、とある街に、奇妙なうわさが流れておりました。
 それはその街のどこかに、たいへん気前のいい、どんな願いでも叶えてくれる神様がいるというものです。
 それだけなら、よくあるうわさ話なのですが、この話の奇妙なところは、どこかと言っておきながらよくよく聞くと、神様がいるというその場所がはっきり分かることでした。
 なので、興味を持った人たち、あるいは叶えてほしい願いのある人たちはこぞってそこに向かいました。
 しかし不思議なことに、その場所に向かった人は、一人残らず腹を立てて帰ってきてしまうのでした。
 さて、その街には一人の男が住んでおりました。
 どんな男かと申しますと、それはそれはとほうもない大金持ちでありながら、ごうつくばりの欲深で、すでに世界の半分の富を手中に納めておきながら、もう半分までも欲しいと思うような、どうしようもない男でした。
 そんな性格が災いしてか、男には友達も家族もおりませんでした。たった一人でお金に埋もれるようにして、お金以外に何一つ大切なものを持たず、毎日お金のことばかり考えながら暮らしておりました。
 そんな大金持ちの男も、やがて他の街の人たちと同じように、そのうわさを聞き付けることとなりました。そして、それが本当ならたいそう儲けものだと、すぐさま神様がいるらしい場所に向かうことにしたのでした。
 男がたどり着いたそこには、確かに一人の老人がおりました。その老人には眩しいばかりの後光が差し、男はひと目でその老人が神様だと分かりました。
 男はさっそく、神様に向かって言います。
「神様よ、どうか自分の願いを叶えてくれ」
 神様は笑って頷きました。
「良いだろう。お前の願いを叶えてやる。ただし、お前がワシの代わりに百万人の願いを叶えることができたならば」
 男は驚きに目を見張りました。そして腹を立てました。
 願いを叶えてほしいのはこちらなのに、どうして他人の願いをわざわざ叶えてやらなければならないのだ。
 しかし計算高い男は、同時にこうも思いました。
 もし、神様が本当にどんな願いでも叶えてくれるのならば、それは実際にやってみる価値があることだぞ。
 なにしろ、そのためにいくぶんかの損をしてしまったとしても、あとでいくらでも神様に頼んでそれを取り返せばいいのですから。
 男は頷きました。
「いいでしょう。あなたの代わりに百万人の願いを叶えてあげます。そのかわり間違いなく、私の願いを叶えてください」
 それから男は、神様の代わりにやってくる人々の願いを次々に叶えていきました。
 生き別れになった親に会わせてほしいという女には、百人の探偵を雇って遠い国に住む親を探し出してやりました。
 母親の病気を治して欲しいという女の子には、腕利きの医者と最新設備の揃った病院に、無料で母親を入院させてやりました。
 宇宙旅行をしてみたいという男の子には、巨額の富を投じて宇宙船を建造してやりましたし、金持ちになりたいという男には自分の財産の中から望むだけの額を恵んでやりました。
 男は神様の代わりに願い事を聞いていたわけですから、時には世界平和という途方も無いことを願われることもありましたが、その時は男は世界の戦争中のすべての国に目の眩むような額の賄賂を渡し、争いを止めさせるのでした。
 世界の半分の富を独り占めする男がその気になれば、叶えられない願いはありませんでした。
 その代わり、男の財産はどんどん目減りしていきましたが、男は気にしませんでした。百万人の願いを叶え終えたあとに、世界中のすべての富を自分のものにしてくれと願えば済む話でしたから。
 しかし、百万人の願いというのは男が思っていたよりもなかなか大変な仕事でした。なにしろ、その場で叶えられる願いがある反面、叶うのに何年もかかってしまうような願いもあったからです。
 また、実に個人的な願いもあれば、抽象的な願いも、世界平和や環境保護といった大掛かりな願いもありました。
 そのため、男はそれから何年も、何十年も人々の願いを叶え続けていくことになったのでした。

 それは、ある寒い寒い冬の日のことです。
 寂れた公園の池のそばで、小さな女の子が泣いておりました。女の子は肩を震わせ、顔を真っ赤にして声を張り上げております。
 そこに、一人の貧しい身なりのおじいさんがやってきて、女の子に泣いている理由をたずねました。
 女の子は、男の子がイタズラをして、池の中に死んだお母さんがくれた大切なペンダントを投げ入れてしまったのだと答えました。
 おじいさんが女の子に「取って欲しいかい?」とたずねると、女の子は「取って欲しいです」と目を真っ赤にはらしてうなずきました。
 それを聞くと、おじいさんはためらわず池に飛び込みました。そして凍えるような水の中に潜り、女の子のペンダントを探し出してあげたのです。
 女の子はおじいさんにたいへん感謝して、大喜びで家に帰っていきました。
 このおじいさんは、かつて世界の半分の富を独り占めしていた大金持ちの男でした。
 しかし、今のおじいさんは明日のパンを買うお金も持っておりません。財産はすべて人の願いを叶えることに使ってしまったからです。 
 女の子を見送ったおじいさんは、ふいに背後から眩しい光が差していることに気が付きました。
 振り返るとそこには、後光を背負った老人の姿の神様が立っておりました。
 神様はおじいさんに向かって言います。
「お前は確かに約束を守ったな。だからワシも約束を守ろう。さぁ、願い事を言うがいい」
 おじいさんは、今の女の子が、願いを叶えてあげたちょうど百万人目だったことに気が付きました。
 おじいさんになってしまった男は、ずっとずっと叶えて貰おうと考えていた願い、世界中の富を自分のものにしてくれという願いを口に出そうとしました。しかし結局、それは言葉にはなりませんでした。
 その代わり、おじいさんの頭の中に思い浮かんだのは、おじいさんがもっともっと若い頃、大金持ちになるよりもさらに前に、莫大な保険金だけを残して事故で死んでしまった妻と子どものことでした。
 おじいさんは、神様に向かって願いました。
「死んだ妻と子どもに会いたい」
 神様は笑ってうなずき、指を向けました。
「その願いならば、もう叶っているぞ」
 おじいさんが指の先を視線でたどると、そこには死んでしまったはずの妻と子どもが立っているではありませんか。
 おじいさんは溢れる感情を胸いっぱいに詰まらせると、一目散に走り出します。そしておよそ何十年かぶりに、妻と子どもをその両腕に抱きしめたのでした。

 翌日、街の人々は公園の池のほとりで、冷たくなっているおじいさんに気が付きました。
 街の人々は、私財を投げ打って大勢の願いを叶えてくれた、まるで神様のようなおじいさんが亡くなったことを大変悼みました。願いを叶えてもらった百万の人たちは、揃って声をあげて泣きました。
 だけどおじいさんは、願いを叶えてあげた百万人の誰よりも幸せそうな表情で、安らかに目を閉じていたのでした。


 


【終】

 

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