第一章 2、「炎の崇拝者」(2)

 

 そこにはもはや、あの溢れ出さんばかりの人だかりは存在していなかった。もっともまだそこはかとなく、熱に浮かされたような空気が残っている気もする。
 閑散としながらもどこか浮ついた雰囲気を残すその場所で、なぜか焼け焦げたような痕跡を見つけたジェムは顔を引きつらせた。
「騒ぎはもう収まったみたいだね。……ん、どうかした?」
「あっ、いえ……。その、ぼく喧嘩ってどうも苦手で」
「へえ、気が合うね。俺も暴力沙汰は得意じゃないんだ。しかしかなり激しくやり合ったみたいだね」
 シエロも呆れたように乱闘の跡を睥睨した。
 いったいここで何があったのか。知りたいような知りたくないような……。もっとも係わり合いになるようなことにはけっしてなるまい。
 ジェムは自分でそう結論づけ、恐る恐るその場所から後ずさった。
「しっかしすげぇ喧嘩だったよな」
「おう、すごかったな」
 現場が遠めにうかがえるところまでさがったジェムは、ふと後ろでも似たような会話が交わされていることに気が付いた。
 係わり合いにはなりたくないと決めたものの、なんとなく気になったジェムは耳を澄まそうと振り返る。だがその時にはすでにシエロが見事なぐらい自然に彼らの会話に加わっていた。いったいいつの間に、とジェムは思わず目を丸くする。
「そんなに派手な喧嘩だったのかい? 俺、残念なことに見逃しちゃってさ」
「おうとも。兄ちゃん、勿体無いことしたなあ。何が凄かったって、ちっこいガキが五人相手に切った張ったの大立ち回りさ。まあ、ありゃ相手をしていたチンピラの格が足りなかったせいかも知れないがな」
 人懐っこい口調でうらやましげに話し掛けるシエロに男は気を良くしたのか、身振り手振りを交えて事細かに事の様子を語り始めた。それに触発されてもうひとりの男も負けじと話に加わる。
「それだけじゃないぜ。突然こう、ぐわっと火柱が立ち上がったりしてな。きっとあの異人の小僧かチンピラの中に魔道士が混じってたんだろうな。見ごたえあったぜぇ? 最後はまとめて警邏に連れて行かれたって言うのは笑い話にしかならねえけど」
「異人?」
 シエロの眉がぴくりと動いた。
「その子どもって外国人だったのかい? でもよく分かったね。この街でさ」
 港街であるこの街では、遠方の地より来て去っていくだけの異邦人のみではなくそのままここに住み着いてしまった者も数多くいる。そんな人間と来訪者を区別することは難しいのではないかとシエロはたずねたが、相手をしていた男二人は顔を見合わせるとにししっと笑った。
「そりゃ分かるさ。長年この町に住んでいて、あんな奴を見たことは一度もねえからな。なにせあの小僧は、全身に刺青入れてやがったんだ。一度見たら忘れらんねえよ」
「賭けてもいいがあの赤毛のガキはこの街の人間じゃねえな。もちろん最近になって居付いたんなら話は別だが」
 喋るだけ喋りつくし機嫌良く立ち去っていく二人組を呆然と見送っていたジェムだったが、くるりと振り返ってきたシエロと目が合った。彼はにっと笑みを浮かべジェムの肩に手を回す。そして内緒話をするようにそっと耳打ちをした。
「どうやらもう一人の仲間が見つかったみたいだね。外れる可能性もないわけじゃないけど、とりあえず会いに行ってみようか?」
 どうにか雲の端に手が届いたらしい。新たに見つかった仲間のもとに向かうジェムは、喜ばしいと思う反面、自然と漏れ出す深いため息をどうしても禁じえなかった。

 どうやらもう一人の巡礼者も、まともな人物ではなさそうである……。