―― 世界で一番醜い娘と世界で一番美しい若者 ――
そんなことより話を聞いて行きなよ。この国の人間なら誰もが知ってるおとぎ話。陳腐でお約束なストーリーとご都合主義の展開が続くハッピーエンドの物語だ。
どうだい。聞きたくなってきただろう。そしたら御代はこの帽子の中に。しっかりしてんなって? へへ、毎度あり。 それじゃあこの国でもっとも有名なおとぎ話『世界で一番醜い娘と世界で一番美しい若者』のはじまりはじまりだ。
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昔々のお話です。この国の教会に一人の醜い娘がおりました。
あまりにも醜いとの評判を聞きつけて、話の種にと見に来る物好きも少なくありませんでしたが、大の大人ですら腰を抜かす始末。気が弱い人間にいたっては三日三晩夢に出てきてうなされるほどです。
しかしそんな醜い娘ではありますが、実際のところ本人は大層けろりとしたものでした。
娘の顔はどうしようもなく醜いものでしたが、それに反してその心は例えようもなく美しく――と、いう事もありませんでした。荒んで僻んで醜かったという訳でもありませんので、言ってみればいたって普通の性格という事でしょう。 例えばある日教会の庭を掃除していた娘は、蜘蛛の巣に引っかかった大きな黒揚羽を見つけ逃がしてあげました。ひらひらと青空の遠くへ飛んでいく揚羽蝶を見送って娘は、 『蝶々さんは優しいわね。だってわたしの顔を見ても醜いなどとは言わないんですもの』 とか考えることも一切ありません。 とりあえず目に付いたから何となく逃がしただけで、単なる気まぐれ、どちらかというと蜘蛛より蝶の方が好きだし? とかいうぐらいの考えでの行動です。
そんな訳で性格は悪くないのですが、どうにも情緒に欠けた淡白な娘ではありました。 人に迷惑はかけまいという気遣いもあり、娘は顔を合わせた人を驚かさないように普段は仮面を被っていましたが、それでも世界で一番醜い『異形の娘』の評判は国中に広く伝わっていきました。 さて、その評判はとうとう国を治める王様のところにも届きました。この王様、仕事っぷりはそう悪くないのですが如何せん趣味が悪すぎました。やれ処刑だ、やれ拷問だというような血生臭いことにはまだ手を出していないものの、それでも子供が蝶の羽根をむしるように無邪気に残酷なことをするものだから困ったものです。 王様は娘の評判を聞きつけて思いました。 『世界で一番醜い娘が世界で一番美しい若者の子供を産んだら、果たしてその子供はどのような顔をしているのだろう』 そんな下世話な興味を押さえ切れなくなった王様は、さっそく娘を連れてくるよう役人に命じました。 そのことを知った国民は総じて「悪趣味」と思いましたが、それでも口にすることはありませんでした。なにしろ腐っても王様ですから。
それに娘は思います。
――国から報償金もいくらか貰えるだろうし。 娘はそれくらいにはしたたかでありました。
さて、そうして娘はついにお城に連れて行かれてしまいました。金銀に飾られた馬車は、しゃなりしゃなりとかしこばって真っ白なお城に入っていきます。こんな機会、孤児院育ちの自分にはたぶんもうないだろうからとなかば観光気分でいた娘ですが、さすがに王様の前に引き出されたときは緊張しました。 「これが世界で一番醜い娘でございます」 娘を連れてきたお役人は王様に向かって朗々と口上を述べます。しかし王様はそんなことよりも早く娘の顔が見たくて仕方がありませんでした。 「これ娘、早く仮面をはずしなさい」 そう急かされ娘はやれやれと仮面をはずし、王座の間に世にも醜い素顔を曝しました。
「なるほど。確かになんと醜くおぞましい顔なのだ」 王様はまるで汚い物でも見たかのように顔をしかめると、「これ娘、二度と余にその恐ろしい顔を見せるでないぞ」と言い含めます。 てめぇが先に見たいと言ってきたんだろうがこのトンチキ、と娘は内心すごく思いましたが、それでも澄ました声で「承知いたしました」と答えました。
「この醜い娘が果たしてどのような顔の子を産むのか、楽しみだな」
思わず娘は吐き捨てましたが、幸運なことにそれが王様の耳に入ることはありませんでした。
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