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  ―― 世界で一番醜い娘と世界で一番美しい若者 ――

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 やあやあ、お兄さん暇そうな顔をしているね。旅人さんかい。よかったらおいらの話を聞いていかないか。
 ん、どうして子供がこんな時間に出歩いているのかだって? そりゃあ小遣い稼ぎの為に決まっているだろうよ。おいらはこれでもこの国一番の語り手だから、この時間がいい稼ぎ時なんだ。……いやまぁ確かに、国一番と認められるのはまだまだこれからなんだけどさ。

 そんなことより話を聞いて行きなよ。この国の人間なら誰もが知ってるおとぎ話。陳腐でお約束なストーリーとご都合主義の展開が続くハッピーエンドの物語だ。
 ん、怪訝な顔してんな。なるほどそんなありきたりのお話がどうしてこの国ではこんなに有名なのか気になっているんだろう。
 それはな、この話がこの国で実際にあったことだからさ。もっともそれもずっと昔、おいらが生まれるよりも前のことではあるけどな。

 どうだい。聞きたくなってきただろう。そしたら御代はこの帽子の中に。しっかりしてんなって? へへ、毎度あり。

 それじゃあこの国でもっとも有名なおとぎ話『世界で一番醜い娘と世界で一番美しい若者』のはじまりはじまりだ。
 この酒場を出てすぐ右手に、教会の高い尖塔のてっぺんがのぞいていたのを覚えているかい。その教会こそがこの話の最初の舞台さ。


 

    ※ ※ ※
 

 昔々のお話です。この国の教会に一人の醜い娘がおりました。
 娘は赤ん坊の頃に捨てられ教会の孤児院で育ちましたが、それはそれは並外れた、とんでもなく醜い顔をしておりました。
 年は十八の娘盛りではありますが、一目見れば悲鳴をあげ吐き気を催すほどのおぞましさ。二目と見られぬ顔とはまさにこの事です。

 あまりにも醜いとの評判を聞きつけて、話の種にと見に来る物好きも少なくありませんでしたが、大の大人ですら腰を抜かす始末。気が弱い人間にいたっては三日三晩夢に出てきてうなされるほどです。
 ちなみに教会に届けられた報告によると、もっとも長くうなされていた日数は二週間弱。たぶんもっとうなされた人間もいたのでしょうが、そこまで長く夢に見たとなると臆病者とからかわれるか、娘に惚れてしまったのだと勘違いされる心配があるので口外できなかったのでしょう。

 しかしそんな醜い娘ではありますが、実際のところ本人は大層けろりとしたものでした。
 何しろ否が応にでもこの顔とは、一生付き合っていかなければならないのは分かりきったことです。それに自分の顔なんて鏡さえ持っていなければ滅多に見る機会もないわけですから、普段は意識することもありません。
 だったらいちいち気にしていることもない、とすっかりさっぱり開き直っていたのでしょう。 

 娘の顔はどうしようもなく醜いものでしたが、それに反してその心は例えようもなく美しく――と、いう事もありませんでした。荒んで僻んで醜かったという訳でもありませんので、言ってみればいたって普通の性格という事でしょう。

 例えばある日教会の庭を掃除していた娘は、蜘蛛の巣に引っかかった大きな黒揚羽を見つけ逃がしてあげました。ひらひらと青空の遠くへ飛んでいく揚羽蝶を見送って娘は、

『蝶々さんは優しいわね。だってわたしの顔を見ても醜いなどとは言わないんですもの』

 とか考えることも一切ありません。

 とりあえず目に付いたから何となく逃がしただけで、単なる気まぐれ、どちらかというと蜘蛛より蝶の方が好きだし? とかいうぐらいの考えでの行動です。
 万事が万事そんな調子ですから、当然言葉も喋れない節足動物に語りかけるようなリリカルなセンチメンタリズムなど欠片も持ち合わせておりません。

 そんな訳で性格は悪くないのですが、どうにも情緒に欠けた淡白な娘ではありました。

 人に迷惑はかけまいという気遣いもあり、娘は顔を合わせた人を驚かさないように普段は仮面を被っていましたが、それでも世界で一番醜い『異形の娘』の評判は国中に広く伝わっていきました。

 さて、その評判はとうとう国を治める王様のところにも届きました。この王様、仕事っぷりはそう悪くないのですが如何せん趣味が悪すぎました。やれ処刑だ、やれ拷問だというような血生臭いことにはまだ手を出していないものの、それでも子供が蝶の羽根をむしるように無邪気に残酷なことをするものだから困ったものです。

 王様は娘の評判を聞きつけて思いました。

『世界で一番醜い娘が世界で一番美しい若者の子供を産んだら、果たしてその子供はどのような顔をしているのだろう』

 そんな下世話な興味を押さえ切れなくなった王様は、さっそく娘を連れてくるよう役人に命じました。

 そのことを知った国民は総じて「悪趣味」と思いましたが、それでも口にすることはありませんでした。なにしろ腐っても王様ですから。
 図らずも当事者となってしまった娘もやっぱり「悪趣味だ」と顔をしかめましたが、それでも王様の出頭命令にはしぶしぶと従いました。
 これが貴族の子どもだったら話は別でしょうが、娘は教会に捨てられていた単なる孤児。自分の身の程はしっかり弁えておりました。

 それに娘は思います。
 たぶん自分が躍起にならなくても、この顔を見たら相手の方が死に物狂いで拒否するだろう。だったらそれまで適当に王様の道楽に付き合ってとっとと教会に帰ってこよう。

 ――国から報償金もいくらか貰えるだろうし。

 娘はそれくらいにはしたたかでありました。

 

 さて、そうして娘はついにお城に連れて行かれてしまいました。金銀に飾られた馬車は、しゃなりしゃなりとかしこばって真っ白なお城に入っていきます。こんな機会、孤児院育ちの自分にはたぶんもうないだろうからとなかば観光気分でいた娘ですが、さすがに王様の前に引き出されたときは緊張しました。

「これが世界で一番醜い娘でございます」

 娘を連れてきたお役人は王様に向かって朗々と口上を述べます。しかし王様はそんなことよりも早く娘の顔が見たくて仕方がありませんでした。

「これ娘、早く仮面をはずしなさい」

 そう急かされ娘はやれやれと仮面をはずし、王座の間に世にも醜い素顔を曝しました。
 娘の顔があらわになると、なんてことでしょう。その場にいた多くの役人・貴人たちは次々に悲鳴を上げてばたばたと卒倒していきました。顔を見せたそれだけで周囲は阿鼻叫喚の地獄絵図です。
 最も見たがっていた王様にいたっても、さすがに倒れはしませんでしたが思わず青ざめ「ううっ」と呻き声を上げてしまいました。

「なるほど。確かになんと醜くおぞましい顔なのだ」

 王様はまるで汚い物でも見たかのように顔をしかめると、「これ娘、二度と余にその恐ろしい顔を見せるでないぞ」と言い含めます。

 てめぇが先に見たいと言ってきたんだろうがこのトンチキ、と娘は内心すごく思いましたが、それでも澄ました声で「承知いたしました」と答えました。
 気が済んだ王様は娘を引き上げさせます。しずしずと王様の前を去る娘の耳に面白がるような声が届きました。

「この醜い娘が果たしてどのような顔の子を産むのか、楽しみだな」
「……悪趣味」

 思わず娘は吐き捨てましたが、幸運なことにそれが王様の耳に入ることはありませんでした。  


 

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