―― 世界で一番醜い娘と世界で一番美しい若者 ――

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 そうして王様と会った娘は、とうとう世界で一番美しい若者とも引き合わされることになりました。
 娘はてっきり世界一美しい若者をこれから探し出すのかと思って余裕をこいていたのですが、残念なことに悪趣味な王様のもとにはとっくに該当する人物が居りました。たぶん世界で一番美しい若者がすでに手元にいたからこそ、こんな悪趣味なことを思い付いたのでしょう。

 娘はお役人に言われ、お城の一角にある高い高い塔を上っていきます。息切れをしながらなんでこんな面倒臭い場所にいるのかと首を傾げましたが、ふいにその理由に思いあたり思わず顔をしかめました。
 「悪趣味」と呟こうともしましたが、残念ながら弾む息に邪魔されて言葉にはなりませんでした。

 そしてとうとう目的の部屋に辿り着いた娘は、まず扉のまん前でおもむろに仮面をはずし始めました。相手には申し訳ないけれど、とりあえずとっととこの顔を見せて自らに突きつけられた現状を理解して貰おうと思ったからです。

「ごめんくださいましっ」

 仮面をはずした娘は道場破りもかくやと言う勢いで扉を開け、そして目をつぶりました。聞きなれた悲鳴やうめき声、罵声を覚悟したからです。
 しかし娘の耳に届いたのは「いらっしゃい」という穏やかな返事でした。娘は訝しく思いながら恐るおそる目を開けて、そして叫びました。

「しまった、当てが外れた!」

 若者の傍には白い杖。はじめから硬く閉じられた瞳は、娘の姿どころか一切の光を映すことはありません。
 つまり若者は盲目だったのです。

「何の当てが外れたんだい」

 若者はテーブルに肘をつきながらくすくすと可笑しそうに笑って娘にも席を勧めました。親しみのこもった相手の態度に落ち着かない思いをしながらも、若者に対しては何の恨みもないので娘は素直に椅子に座ります。

 これは困った。
 娘はげんなりと思いました。なにせ相手に顔を見て嫌がってもらえないとなると、王様に諦めてもらうために自分が奮闘しなくてはならなくなるのですから。
 悩める娘にしかし若者はにこにことのんきに話しかけます。

「こんにちは。いいお天気ですね」

 おずおずと娘はうなずきました。

「そうですね。……というか何であなた、そんなに楽しそうなんですか」

 娘は訝しげに眉間に皺を寄せます。これほどまでに理不尽な状況に追いやられていると言うのに、どうして彼はこれほど能天気にしていられるのでしょうか。
 不思議がるその顔は飛んでいる鳥もばたばたと落ちるほど醜くおぞましいものでしたが、目の見えない若者にとってはなんら気にすることでもありませんでした。

「ええ。私の顔を見て絶句されたり、悲鳴をあげられなかったことが嬉しくって」

 若者はそう言ってまたにこにこと笑いました。

 なるほど。
 娘は納得いたしました。若者は、確かに世界で一番美しい若者でした。娘とは違ってとても綺麗な、目を疑うような美しさを持っています。
 しかしそれはあまりに美しすぎて逆に人に恐ろしさを感じさせるような美貌だったのです。これでは確かに、きっと見た人が思わず悲鳴を上げて腰を抜かしてしまうに違いありません。

 綺麗もここまで来ると異形となるのだな、と娘は初めて知りました。もっとも異形に関しては人をとやかく言えた立場では無いので娘自身は特に何とも感じませんでしたが。

「なんというか、お互い顔で苦労しますね」
「そうですね」

 若者はにっこりとうなずきました。娘はちょっと嬉しくなります。なんだか生まれて初めて自分の同類に巡り会えた気分になれたからです。

 若者は娘にお茶を入れながら、自分のことを話しました。
 若者はもともと旅の楽士として、あちこちの国を渡り歩いておりました。この国もそれまでと同じように、気が済むまで見て回った後に出て行こう思ったのですが、世界一美しい楽士の噂を聞きつけた王様に城に招かれ、面白がられてここに引き留められたのだと言います。
 やっぱり、と娘は思います。娘の想像通り、若者はこの塔に囚われていたのでした。

「監禁ですか」 娘は尋ねます。
「監禁ですね」 若者は答えました。
「悪趣味ですな」 娘は言います。
「悪趣味でしょう」 若者はうなずきました。

 二人は顔を見合わせて、やれやれとため息をつきました。本当に悪趣味な王様もいたものです。ついでになんとも噂好き。

 入れてもらったお茶を飲みながら、せっかくなので娘も自分のことを話すことにしました。教会に捨てられ積極的に人に迷惑をかけるでもなく大人しく暮らしていたのに、ある日噂を聞きつけた王様に面白がられて、世界で一番美しい若者の子供を生めと問答無用で連れて来られたと言う話です。

「強制連行ですか」 若者が尋ねます。
「強制連行ですね」 娘は答えました。
「悪趣味ですね」 若者は言います。
「悪趣味ですよ」 娘はうなずきました。

 二人はそれぞれ顔を見合わせて、またため息をつきました。そして互いの境遇に深く同情をしたのでした。

 こうしてすっかり意気投合しあう二人でしたが、しかし娘は若者にはばれないようにこっそりと眉間に皺を寄せておりました。
 それはけして若者が気に入らないからというわけではありません。むしろその逆。娘が気に食わないのはこのシチュエーションでした。

 なにしろ若者はただでさえこんな不幸な目にあわされているのです。
 娘が好んで良く聞くおとぎ話なんかではこういう場合、美しいお姫様や可愛らしい妖精が出てきて話を素敵に盛り上げますのに、若者にあてがわれたのは世界で一番醜い自分。これでは物語りは盛り下がる一方です。
 別に娘は劇作家でもなければ演出家でもないのですからそんなこと気にする必要はまったくないはずですが、妙なところでこだわる娘です。たぶんよっぽどのおとぎ話マニアなのでしょう。

 もちろんだからと言って的外れな自己嫌悪に陥ることはありません。しかしそれでも娘は、心の片隅で場違いな自分の存在にがっかりしました。
 そんなふうに胸を痛める娘の心内を知ってか知らずか、ふいに若者が娘に言いました。

「ところで先ほどから思っていたのですが、あなたはとても素晴らしい声をしていますね」

 娘は思わず目を見開き、そしてほんのりと顔を赤くしました。
 なにしろ普段人と顔を合わせる時は被った仮面の所為でくぐもってしまうのですが、娘にとっては自分の声こそが一等好きな部分でした。

 一番の幸せを感じるのは、自分の子守唄で泣き喚く子供がすぅっと眠りにつくとき。その速さと効果は孤児院の中でもダントツでした。
 もちろんうっかり顔を見せると逆にショックのあまりにヒキツケを起こされてしまうこともしばしばでしたが。

「よかったら私が歌を教えてあげましょうか」

 気前良い若者の申し出に娘はすごく驚きました。そして慌てて首を振ります。
 自分たちの状況を考えてそんな悠長なことを言っている場合では無いという思いが半分、玄人の楽士に歌を教わるなんて恐れ多いと言う思いが半分と言ったところでしょう。

「遠慮は要りませんよ」

 娘のジェスチャーが見えたわけでもないだろうに、若者は優しく、そしてどこか茶目っ気たっぷりに言います。

「なにぶん時間だけは充分にあるでしょうからね。たぶん国王はあなたが身篭るまでは幾度だって私の元にあなたを遣わすでしょう。この塔にいる限りは何をしているかなんて分かるはずもないし、聞き耳を立てるような下世話な真似もされないだろうから安心ですよ」

 神々しいくらい美しい顔をして述べられるあからさまな物言いに、美醜はともかく年頃の娘は顔を真っ赤にして俯きました。そして同時に思います。どれだけ王様が望んでも、所詮は子供なんて天からの授かりものです。ようは王様が飽きるまで適当に誤魔化していればいいだけの話。
 つまりこれは若者からの、それまでの時間潰しの提案なのです。

 今度は娘もはっきりうなずきました。

「分かりました。どうぞよろしくお願いします。師匠」
「はい。こちらこそ。――遠慮なく仕込んで差し上げますよ」

 そして二人はひそやかに笑い合い、固い握手を交わしたのでした。  


 

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