―― 世界で一番醜い娘と世界で一番美しい若者 ――
娘はお役人に言われ、お城の一角にある高い高い塔を上っていきます。息切れをしながらなんでこんな面倒臭い場所にいるのかと首を傾げましたが、ふいにその理由に思いあたり思わず顔をしかめました。
そしてとうとう目的の部屋に辿り着いた娘は、まず扉のまん前でおもむろに仮面をはずし始めました。相手には申し訳ないけれど、とりあえずとっととこの顔を見せて自らに突きつけられた現状を理解して貰おうと思ったからです。 「ごめんくださいましっ」 仮面をはずした娘は道場破りもかくやと言う勢いで扉を開け、そして目をつぶりました。聞きなれた悲鳴やうめき声、罵声を覚悟したからです。
「しまった、当てが外れた!」 若者の傍には白い杖。はじめから硬く閉じられた瞳は、娘の姿どころか一切の光を映すことはありません。 「何の当てが外れたんだい」 若者はテーブルに肘をつきながらくすくすと可笑しそうに笑って娘にも席を勧めました。親しみのこもった相手の態度に落ち着かない思いをしながらも、若者に対しては何の恨みもないので娘は素直に椅子に座ります。 これは困った。
「こんにちは。いいお天気ですね」 おずおずと娘はうなずきました。 「そうですね。……というか何であなた、そんなに楽しそうなんですか」 娘は訝しげに眉間に皺を寄せます。これほどまでに理不尽な状況に追いやられていると言うのに、どうして彼はこれほど能天気にしていられるのでしょうか。
「ええ。私の顔を見て絶句されたり、悲鳴をあげられなかったことが嬉しくって」 若者はそう言ってまたにこにこと笑いました。 なるほど。
綺麗もここまで来ると異形となるのだな、と娘は初めて知りました。もっとも異形に関しては人をとやかく言えた立場では無いので娘自身は特に何とも感じませんでしたが。 「なんというか、お互い顔で苦労しますね」
若者はにっこりとうなずきました。娘はちょっと嬉しくなります。なんだか生まれて初めて自分の同類に巡り会えた気分になれたからです。 若者は娘にお茶を入れながら、自分のことを話しました。
「監禁ですか」 娘は尋ねます。
二人は顔を見合わせて、やれやれとため息をつきました。本当に悪趣味な王様もいたものです。ついでになんとも噂好き。 入れてもらったお茶を飲みながら、せっかくなので娘も自分のことを話すことにしました。教会に捨てられ積極的に人に迷惑をかけるでもなく大人しく暮らしていたのに、ある日噂を聞きつけた王様に面白がられて、世界で一番美しい若者の子供を生めと問答無用で連れて来られたと言う話です。 「強制連行ですか」 若者が尋ねます。
二人はそれぞれ顔を見合わせて、またため息をつきました。そして互いの境遇に深く同情をしたのでした。 こうしてすっかり意気投合しあう二人でしたが、しかし娘は若者にはばれないようにこっそりと眉間に皺を寄せておりました。
なにしろ若者はただでさえこんな不幸な目にあわされているのです。
もちろんだからと言って的外れな自己嫌悪に陥ることはありません。しかしそれでも娘は、心の片隅で場違いな自分の存在にがっかりしました。
「ところで先ほどから思っていたのですが、あなたはとても素晴らしい声をしていますね」 娘は思わず目を見開き、そしてほんのりと顔を赤くしました。
一番の幸せを感じるのは、自分の子守唄で泣き喚く子供がすぅっと眠りにつくとき。その速さと効果は孤児院の中でもダントツでした。
「よかったら私が歌を教えてあげましょうか」 気前良い若者の申し出に娘はすごく驚きました。そして慌てて首を振ります。
「遠慮は要りませんよ」 娘のジェスチャーが見えたわけでもないだろうに、若者は優しく、そしてどこか茶目っ気たっぷりに言います。 「なにぶん時間だけは充分にあるでしょうからね。たぶん国王はあなたが身篭るまでは幾度だって私の元にあなたを遣わすでしょう。この塔にいる限りは何をしているかなんて分かるはずもないし、聞き耳を立てるような下世話な真似もされないだろうから安心ですよ」 神々しいくらい美しい顔をして述べられるあからさまな物言いに、美醜はともかく年頃の娘は顔を真っ赤にして俯きました。そして同時に思います。どれだけ王様が望んでも、所詮は子供なんて天からの授かりものです。ようは王様が飽きるまで適当に誤魔化していればいいだけの話。
今度は娘もはっきりうなずきました。 「分かりました。どうぞよろしくお願いします。師匠」
そして二人はひそやかに笑い合い、固い握手を交わしたのでした。
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