―― 世界で一番醜い娘と世界で一番美しい若者 ――
「まるで目の前の霧が晴れたような思いだな」 王様はひどく申し訳なさそうな面持ちで、顔を上げます。
「双方とも酷い事を申してすまなんだ。もう無理強いはしないゆえ、許しておくれ」 そうです。確かに悪魔から貰った魔法の薬は効果を発揮したのです。
この思い付きを成功させるのに重要なのは、いかに自然にこの薬のことを王様の耳に入れるかということ。それには王様のもうひとつの欠点である、噂好きを利用するのが一番でした。 ようするに魔法の薬の噂を広めた人物こそ、まさしくこの若者だったのです。 もっとも若者は塔から自由に出入りすることはできなかったので、計画に従って街に噂を広めたのは必然的に世界で一番醜い娘になりました。若者の指示はとても的確で、お陰で噂はあっという間に街から街へと伝わり国中に広まりました。そしてそれは確かに間違いなく王様の耳まで届いたのです。 「と言うことは、わたしたちはもう自由にして良いということですね」 娘は念を入れて、用心深く王様に尋ねます。 「そのとおりだ」 王様ははっきりとうなずきました。すっかりまともになった王様はもう無理に若者と娘の子供を見たいとは言いだしません。 「偽って飲ませた薬のことで処罰はございませんか」 若者も重ねて尋ねます。なにしろ神秘の薬と嘘をついて王様に悪魔の薬を飲ましたのは確かです。 「余の目の曇りを払ってくれたことを感謝したいくらいだよ」 けれど王様は苦笑するように答えました。悪趣味が治ったついでに、この王様、随分と懐深くなったようです。 「じゃあ報償金は?」 娘は勢いにのって思わずたずねます。 「……む。望むままにとらせよう」 王様は一瞬たじろぎ、うなずきました。
こうして世界一醜い娘と世界一美しい若者は、見事自由の身になったのです。
「あなたはこれからどうするつもりですか?」
娘はなんだかちょっと――いや、かなり猛然と寂しく思いましたが、しかし若者を引き止めるすべなどありません。ならばこんなに醜い自分ではあるけれど、せめて最後は笑顔で若者を送り出したいと精一杯の笑みを浮かべました。 「それでは道中お気をつけて下さいね。またどこに悪趣味な王様がいるとも限りませんので」
若者は始めて会った時と少しも変わらぬ笑みをにこにこと浮かべています。 「もし気が向きましたら、またこの国にも遊びに来てくださいね。あなたにはあまりいい思い出のある国ではなくなってしまったかも知れませんが」 立て続けに若者に話しかけながら、娘は「もう彼と会うことは無いのだな」とそう考え、堪らず零れ落ちそうになる涙を必死で堪えました。
「大丈夫ですよ。この国は私にとってとても思い入れのある国になりましたから」 娘は首を傾げます。 「こんな鈴を鳴らしたような可愛らしい声で喋る、しかも私の顔を気にしないでくれる娘さんがいる国を嫌うなんてできる訳がありませんよ」 臆面もなく述べられたその言葉に世界一醜い娘は真っ赤になります。それを知ってか知らずか、若者はさらに笑って続けます。 「私の本業は楽士ですが、次にこの国に訪れる時までに素敵な物語をたくさん仕入れてきます。そしたらまた楽しそうに笑い声を上げて、私の話を聞いてくれますか」 思いがけないその言葉に娘はもう心から嬉しくなってしまい、にっこりとうなずく意外にできることなどありませんでした。 「じゃあわたしも、教えてもらった歌をもっとうまく歌えるようになっておきます!」 その返事に、若者もことさら嬉しそうに笑みを深めました。
こうしてまたいつか必ず会う約束をして娘と若者は別れました。 若者を見送る娘の顔はやはり世界一醜い顔でしたが、それでもそこに浮かんだ笑顔は世界で一番幸せそうに、きらきらと輝いておりました。 ※ ※ ※ ――という事で、お兄さん。この物語はこれでおしまいだ。
そうだよ、あんたの考えている通りこのお話の王様はこの国の今の国王陛下さ。あんた勘が鋭いね。
じゃあこれはいったいいつのお話なのか? そんなん自分で言ったばっかりだろうが。この国の王様が若い頃のお話だよ。
で、最後はなんだ。世界で一番醜い娘と一番美しい若者はその後いったいどうなったんだって。始めに言っただろう? お約束で終わるハッピーエンドの物語だって。そういうお話は大抵は「めでたしめでたし」で終わるもんなのさ。
――――めでたしめでたし。
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