≡ 星と蜜豆 ≡

 

 先へ先へと進もうとする美晴を必死に追いかける。
 歌声は届いても、けれど気持ちはまったく届かない。

「なぁ、ただ一緒に歌うだけじゃ駄目なのかよ。俺はこのままだと美晴がどっか遠くへいちっまうようで、それがすごく嫌なんだっ」

 まるで悲鳴のように声を振り絞る。
 善治の目は縋り付くような色を浮かべていた。

(……そうか)

 美晴はようやく気がついた。

(おいていかれまいと必死だったのは、おれだけじゃなかったのか――、)

 我が儘で威張りん坊で天才肌の善治。
 物怖じしない本人の性格もあって、彼が怯えているとは夢にも思いはしなかった。
 しかし同時にどこかで納得している自分もいる。

「美晴はそんなに有名になりたいのか?」

 迷子の子供のような顔をする善治の前で、美晴は小さく首を振った。
 強気で自分勝手、だけど本当は寂しがり屋。自分の相棒は、そういう男だ。

「善治、おれもお前と歌うことが一番大事だ。だけどな、おれは欲張りなんだよ」

 一緒に歌うこと。
 曲を作ること。
 それが何よりも楽しいと思える。
 それはとても大切なことだ。

「だけどお前となら、その先にだっていけると思ったんだ」

 そう。
 ただ声を合わせるだけじゃない。

 もっと技術を高めること。
 より高いクオリティを目指すこと。
 世界中の誰にも誇れる音楽を創りあげること。
 それを適えることができたなら、今よりずっとずっと楽しいんじゃないか。

 それに――、

「おれの隣で歌っている善治はこんなにすごいんだぞって、たくさんの人に見せびらかしたかったんだよっ」

 美晴は顔を赤くしてそっぽを向いた。善治は驚いたように目を見張る。

「――美晴、それって」
「悪かったな。お前はおれの自慢なんだよ。そんな相方を見せびらかしたいと思うのは、単なるおれの我が儘だよ」

 子供じみた自惚れ。
 そんなもののためにメジャーデビューを目指した部分も無いわけじゃない。

「だけど確かに、今回はおれが急ぎすぎたのかもしれない。もしお前が今のままがいいと言うんだったら、それでいい。おれもお前と歌うことのほうが大事だからなっ」
「美晴……」

 善治は照れ隠しにわざと乱暴に喋る美晴の珍しい姿をまじまじと見る。
 それからぱっと笑みを浮かべた。

「なあ、美晴。佳奈子からの退院祝いあけてもいいか」
「……好きにすればいいんじゃないか?」

 そう答えると、善治はごそごそと包み紙を剥がし始めた。

「んで、何が入ってんだ」
「星だ」
「はっ?」

 美晴はぎょっとして善治の手元を覗き込む。

「星って、何だ。金平糖じゃないか」

 それは色とりどりの砂糖のかたまり。
 甘味好きの善治への贈り物としては最良の選択だろう。

「美晴。俺さ、お前が遠くに行っちゃわないんだったらどこで歌うんでもいいや」

 もごもごと金平糖を頬張りながら善治が言う。

「……それは、解散は止めにするって事か?」
「俺は曲の完成度とか、技術力とかはよく分かんないけど、やっぱりお前と歌うの好きだもん。それに俺も、俺の美晴をみんなに自慢したいしな」
「――ったく、お前って奴は!」

 善治の手から金平糖をむしり取るように奪い、美晴はそれをがりがりと噛み砕いた。頬がわずかに赤くなっている。

「あのな、善治。歌えば互いの気持ちが分かるって言うのも真理だけど、やっぱりおれらは言葉を使う動物なんだよ。細かいニュアンスは直接たずねた方が早いし確実なの!」

「そうだな」
「おれはお前を置いていかないし、むしろお前がいなきゃ困るんだ。だから次になんか不安に思ったら、解散なんて不穏なこと言う前に相談しろよ。約束だからな!」
「うん、約束だ」

 善治がにこにことうなずく。
 その様子は晴れ晴れとしていて何の申し分もない。美晴はため息をついた。

「本当に、今度のことでおれがどれだけ肝を、冷やしたと……――っ!!」
「わっ、おい! 大丈夫か、美晴!?」

 突然椅子から転げ落ちた美晴に、善治は思わず目を剥く。

「ど、どうした、なにがあった!」
「は、腹が……痛い」

 美晴は床にうずくまり、苦痛のうめき声を上げる。
 善治は驚愕の表情で金平糖を手に取った。

「ま、まさか金平糖に毒が!」
「……阿呆なこと、言ってないで、早……ナースコール」

 美晴はひくりと顔を引き攣らせた。


 

       ※   ※   ※


 

「で、退院おめでとうとは言ってくれないの?」
「誰が言うかよ」

 ふて腐れたように美晴が呟く。
 今日は昨日とは立場が逆で、善治がパイプ椅子、美晴がベッドの中だった。

「まさか本当に盲腸だったとはね」

 わっはっはと善治が遠慮の無い大笑いし、美晴は苦虫を噛み潰したような顔でそれに耐えた。

 美晴の腹痛はずばり盲腸だった。
 しかも破裂寸前だったため、即手術即入院という突貫作業である。医者からはなんで気付かなかったのと呆れられさえした。

「どっかの誰かさんが心配ばかり掛けるから、胃痛だと思ったんだよ」
「胃とは全然場所違うじゃん」
「それに! まさか相方が盲腸になって自分までとは思わないじゃないか。いったいどんなシンクロ率だよっ」
「怒鳴ると手術跡に障るよ」

 平然と答える善治に、「誰が怒鳴らせているんだ」と美晴は顔をしかめた。

「とりあえずいっぱい見舞いにきてやるからさ、早く元気になってまた一緒に歌おうぜ」
「ああ、そうだな」

 あの曲を歌って、この曲も歌ってと、今までの分を取り返すように張り切る善治を見て美晴は苦笑する。だけどその気持ちは自分も一緒だ。

「そうだ見舞いの品は何がいい? とりあえずギターは確定だろ、だから――、」
「星と蜜豆……」
「へっ」

 僅かに赤い顔で美晴は顔を背けた。

「いや、なんでもない」
「金平糖と完全栄養食だな、了解」
「って、聞こえてんじゃないか――痛っ」
「おいおい、無理すんなって」

 顔を赤くして悶える美晴を宥めながら、善治は豪快に笑った。
 その幸せそうな様子を目の端に捉え、もう何も心配は要らないと佳奈子に伝えようと美晴は思うのだった。


 

【終】

 

前ページ

 


アルファポリスのランキングに参加しています。
面白いよと思ってくださった方は、こちらにぽちりとお願いします。

Home / Back / BBS