≡ 星と蜜豆 ≡
先へ先へと進もうとする美晴を必死に追いかける。
「なぁ、ただ一緒に歌うだけじゃ駄目なのかよ。俺はこのままだと美晴がどっか遠くへいちっまうようで、それがすごく嫌なんだっ」 まるで悲鳴のように声を振り絞る。
(……そうか) 美晴はようやく気がついた。 (おいていかれまいと必死だったのは、おれだけじゃなかったのか――、) 我が儘で威張りん坊で天才肌の善治。
「美晴はそんなに有名になりたいのか?」 迷子の子供のような顔をする善治の前で、美晴は小さく首を振った。
「善治、おれもお前と歌うことが一番大事だ。だけどな、おれは欲張りなんだよ」 一緒に歌うこと。
「だけどお前となら、その先にだっていけると思ったんだ」 そう。
もっと技術を高めること。
それに――、 「おれの隣で歌っている善治はこんなにすごいんだぞって、たくさんの人に見せびらかしたかったんだよっ」 美晴は顔を赤くしてそっぽを向いた。善治は驚いたように目を見張る。 「――美晴、それって」
子供じみた自惚れ。
「だけど確かに、今回はおれが急ぎすぎたのかもしれない。もしお前が今のままがいいと言うんだったら、それでいい。おれもお前と歌うことのほうが大事だからなっ」
善治は照れ隠しにわざと乱暴に喋る美晴の珍しい姿をまじまじと見る。
「なあ、美晴。佳奈子からの退院祝いあけてもいいか」
そう答えると、善治はごそごそと包み紙を剥がし始めた。 「んで、何が入ってんだ」
美晴はぎょっとして善治の手元を覗き込む。 「星って、何だ。金平糖じゃないか」 それは色とりどりの砂糖のかたまり。
「美晴。俺さ、お前が遠くに行っちゃわないんだったらどこで歌うんでもいいや」 もごもごと金平糖を頬張りながら善治が言う。 「……それは、解散は止めにするって事か?」
善治の手から金平糖をむしり取るように奪い、美晴はそれをがりがりと噛み砕いた。頬がわずかに赤くなっている。 「あのな、善治。歌えば互いの気持ちが分かるって言うのも真理だけど、やっぱりおれらは言葉を使う動物なんだよ。細かいニュアンスは直接たずねた方が早いし確実なの!」 「そうだな」
善治がにこにことうなずく。
「本当に、今度のことでおれがどれだけ肝を、冷やしたと……――っ!!」
突然椅子から転げ落ちた美晴に、善治は思わず目を剥く。 「ど、どうした、なにがあった!」
美晴は床にうずくまり、苦痛のうめき声を上げる。
「ま、まさか金平糖に毒が!」
美晴はひくりと顔を引き攣らせた。 ※ ※ ※ 「で、退院おめでとうとは言ってくれないの?」
ふて腐れたように美晴が呟く。
「まさか本当に盲腸だったとはね」 わっはっはと善治が遠慮の無い大笑いし、美晴は苦虫を噛み潰したような顔でそれに耐えた。 美晴の腹痛はずばり盲腸だった。
「どっかの誰かさんが心配ばかり掛けるから、胃痛だと思ったんだよ」
平然と答える善治に、「誰が怒鳴らせているんだ」と美晴は顔をしかめた。 「とりあえずいっぱい見舞いにきてやるからさ、早く元気になってまた一緒に歌おうぜ」
あの曲を歌って、この曲も歌ってと、今までの分を取り返すように張り切る善治を見て美晴は苦笑する。だけどその気持ちは自分も一緒だ。 「そうだ見舞いの品は何がいい? とりあえずギターは確定だろ、だから――、」
僅かに赤い顔で美晴は顔を背けた。 「いや、なんでもない」
顔を赤くして悶える美晴を宥めながら、善治は豪快に笑った。
【終】 |
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