―― 魔法の鏡はかく語れり ――
第一幕 へたれ王弟『白雪』殿下の家出

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   よってらっしゃい、見てらっしゃい!
 遠からんものは音に聞け、近からんものは目にも見よ。今から語るはとある場所、月は東に日は西に、星はシャラシャラ降り注ぐ、そんなお国の物語さぁ!
 さてさてそこにおいでませますは、一人の美貌のご麗人。
 雪をも欺く真珠の肌。
 血よりも赤い紅珊瑚の唇。
 流れる髪は黒檀のごとく。
 花も恥じらい舞散りぬ、命短し恋せよ乙女の十七歳とはこのことと、自慢のかんばせ惜し気もなく、見せびらかすと思いきやそうは問屋が卸さない!
 引っ込み思案の箱入りも乙女であれば可愛いものを、元服過ぎた男であればただただうざくあるばかり。
 剣を握れば取り落とし、魔法をかければ失敗ばかり。
 人並み以上は顔だけとなれば、自信の程も当の昔に失踪し、へたれ街道まっしぐら。
 そんな彼の名は人呼んで、『白雪』ブラン。眉目秀麗才気かん発で知られた若き国王陛下のたった一人の弟でありまする。
 さてさて今から物語りますは、そんな王弟殿下の恋と魔法の一夜の冒険。
 皆様方、どうぞお耳を傾けて下されば幸いのこと。
 ではいざ、始まりはじまりぃ。





「僕は、もう絶対に嫌だからねぇぇぇ〜」
 まさにたった今、長々と語尾を震わせながら、部屋から飛び出して行かれたかのお方こそ、王弟『白雪』ブラン殿下であらせられるわけであります。
「おやおや、逃げてしまったよ」
「逃げてもどうしようもないことですのにねぇ」
 顔を見合わせてそう苦笑されましたのは、数年前に王位を継いでから有能にして愛妻家と名高いこの国の国王陛下と、御年ウン百歳にして脅威の若作り……
「おいこら」
 もとい、数百数年前に真実の愛に目覚めて以降、王国を見守り続ける林檎の魔女にして王家の魔術顧問兼メイドのソルシエール通称ソルシェ様でございます。肩書きが長いのは御愛嬌。
 さてはてこの度の騒動は、このお二人が王弟殿下に見合いを勧めたところ、そんなの嫌だと当の殿下が飛び出してしまったことを端緒といたしております。
「う〜ん、そこまで嫌がるモンでもないと思うんだけどねぇ。嫁さん貰うって素敵なことなのに。それにいくら政略がらみのお見合いだからって、有無を言わさず結婚させるつもりはこっちにはないのにさぁ」
 そうぼやきますは、即位後に国内の有力貴族とお見合い結婚をなされました国王陛下。政略結婚ではありますが、見合いの席で互いにフォーリンラブして以来、今でも夫婦の仲は新婚同然のいちゃいちゃっぷりでございます。
 そんなこんなで幸せのおすそ分け及び政治的判断から、弟にはこれまで幾度と無く見合いのあっ旋を行っている次第でありますれど、これがなかなか上手くは進みません。
「いくら脅威の五十二連敗だからって、今度も失敗するとは限りませんのにねぇ。相変わらずへたれなんだから」
 楚々とお上品に笑いつつ、容赦ない舌鋒を披露する魔女ソルシェ様。もちろんこれも愛情表現の一環でございますれば、厳しい物言いも我が子同然の殿下を思うゆえの代物でございます。
 なにしろ王弟『白雪』ブラン殿下は、かれこれ五十二回の見合いをことごとく失敗しておられます。その敗因の八割は本人のヘタレのせいですし、残りの二割は本人のやる気が空回ったため。しかも最後の方になるとそれも擦り切れ、やる気ゼロで見合いに望みだしたから、これはもう成功するわけがございません。
 というか五十回以上見合いが失敗しても、まだ諦めようとしない陛下と魔女様の根気には、凄まじいものがあるような気がしないでもございませんが、それはさてさて置いといて。
 そんなこんなで、五十三回目の見合いを打診された王弟殿下は、もううんざりだと飛び出してしまった訳でございます。
 しかも今回はもう僕は二度と帰らないぞとばかりに、馬に飛び乗り城を抜け出してしまいました。『家出』もとい『城出』でございます。
「あらあら、陛下。どうなさます? ブラン殿下が外に出てしまわれましたわよ」
「しょうがないなぁ、我が弟は。いつもの通り、夜になったら一度様子を見てやってくれ」
 陛下と魔女様は慣れたもの。
 それもそのはず、王弟殿下が城から家出したのは一度や二度ではございません。しかもいずれも三日と持たずに音を上げて戻ってきてしまうのですから、まさにへたれの面目躍如と言った所でございましょうか。もちろんこれも誉め言葉でございます。
 そいういわけで、陛下と魔女様に知らず知らずにほのぼのと見送られ、王弟殿下は家出を決行なさったのでありました。



 場面は変わりまして、王家に咲く一輪のへたれの華こと王弟『白雪』ブラン殿下。
 お馬をぽくぽくと駆りながら南に向かっていた彼は、森の中で日暮れを迎えられたのでございます。
「う〜ん、そろそろ野宿の準備もしないとなぁ」
 そう呟きますも、お供は愛馬のロシナンテ一頭。返す言葉はどこからもありません。
 どこか物寂しい気持ちに駆られますが、ここでめげては男が廃る。まずは焚き火でも焚こうと枯れ枝を集めてまいります。えっちらおっちらと大奮闘です。そして、よし後は火を点すだけだという段階になって、殿下はふと気がつかれました。
「火打石がない……」
 いやいや、そんな逆境なんのその。林檎の魔女が守護し、魔術研究も盛んな魔法の国の王弟殿下が術の一つも使えないはずがありません。ブラン殿下は颯爽と呪文を唱えられました。
「火よ、点れ!」
 ぽとんと落ちてくるアネモネの花。もちろん色は赤くても花は花です。気を取り直してもう一度。
「火よ、赤々と点れ!」
 ぼてんと落ちてくる木瓜の花。なにやら花にさえ馬鹿にされたような気がして、殿下はがっくりと肩を落とされます。
 何しろブラン殿下は林檎の魔女自らに魔法を指南してもらっていながら、あんちょこ代わりの教本無しでは九割の確率で魔法に失敗して何故か花を出してしまう特異体質。いや、へたれ体質。今回は嫌さあまりにほとんど着の身着のままで飛び出してきてしまったもんですから、もちろん教本だって持ってきちゃあおりません。
「……」
 しばし悩むブラン殿下ですが、ここで諦めて戻ってしまえば魔女ソルシェ様にも国王陛下にもさもありなんと笑われてしまうのは目に見えたこと。いや、すでに微笑ましく思われているとは露知らず、男に二言は無いとばかりに今度は水を汲みに行くことになさったようでございます。焚き火のことはまた後で考えることにした模様。





「鏡よ鏡、世界で一番かわいらしいヘタレ殿下はどこかしら?」
 王宮魔法顧問役にして林檎の魔女ことソルシェ様は、ピカピカに磨かれた美しい鏡に向かって問いかけます。
 夜になってもブラン殿下が戻らないので、国王陛下との約束通り、ちょいと様子をみようと考えられたのでございます。
「あらあら、相変わらず困った殿下であらせられますこと」
 ブラン殿下のおいでになっている場所を知り、ソルシェ様は苦笑いなさいます。なにしろブラン殿下がいらっしゃるのは、このところ盗賊被害の報告が急増し、近々討伐隊を向かわせることが決まっている黒の森。ホントもうブラン殿下、絶好調であらせられます。
「まったくどうしてしまいましょう……」
 魔女ソルシェ様は、鏡を覗きながらそう呟いて、林檎のように赤い唇をにんまり吊り上げたのでありました。  


 

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