―― 魔法の鏡はかく語れり ――
第六幕 鏡よ鏡、教えておくれ

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 さて、一方の地上では盗賊たちが明日の成功の前祝いと、酒を飲んでの宴会を行っておりました。しかしそこに現れた二人の余計な邪魔者。仕方なしに地下に閉じ込めたものの、それきり放っておく訳にも行きません。くじで負けた不運な一人が見張り役を押し付けられ、ふてくされた顔で地下物置の扉の横で葡萄酒の瓶をあおっておりました。
 そんな折、地下の物置の中から突如ガラガラドッスンと大きな音が響きました。さては隅に積んでおいた古い家具でも崩れたのか。
 盗賊たちは捕まえた邪魔者二人のことは、人質にして身代金を奪うつもりでおりましたから、その前に大けがでもされてしまっては困ります。
「おーい、大丈夫か?」
 盗賊は扉の前から声を掛けますが、中からはうんともすんとも言いません。不安になった盗賊が鍵を外し、そっと扉を開けた途端。
「うおおぉっ!?」
 勢い良く中から扉が押開けられ、縛って転がしておいたはずの人質二人が飛び出して来たではありませんか。
「おいっ、こら! 待て?!」
 もちろん待てと言われたからと言って、待つはずがありません。
 なんとか地下の物置から逃げ出すことに成功したブラン殿下とスーリヤ姫は、そのまま玄関を目指して一目散に廊下を走ります。しかしあともう少しという所で、見張りの男の声を聞きつけた盗賊たちがやってきてしまいました。行く手には盗賊たち、背後からは見張りの男と、もはや進むことも戻ることもできません。
「くっ、せめて剣を奪われていなければ」
 スーリヤ姫は悔しげにそうこぼしますが、残念ながら今更のこと。二人は武器になるものは何ひとつ持ってはおりません。
「まったく逃げ出そうなんて、とんでもねぇガキどもだ」
「こいつはお仕置きが必要かな」
 盗賊たちは下卑た笑いを浮かべながら、包囲を狭めてまいります。素手の二人とは反対に、彼らの手には剣やこん棒などがあり、それを愉快そうに振り回しておりました。
「スーリヤっ」
 がくがくと足を震わせ目に涙を浮かべたブラン殿下が、スーリヤ姫を背後にかばうように一歩前に出られます。
「なんだぁ? やろうってのか? そんなに怯えてて大丈夫なのかよ」
 盗賊たちのヤジにびくっと肩を震わせ、さらに目に涙を溜めるブラン殿下でございましたが、スーリヤ姫をちらりと振り返りおっしゃいました。
「だ、大丈夫。スーリヤは、僕が、僕が守る……っ」
 そしてブラン殿下は、盗賊たちをきっと睨みつけると大きく口を開け、呪文をひとつ唱えました。
「光よ、爆ぜろ……っ!」
 ――プスン。
 しかしブラン殿下の呪文とは裏腹に、ぽとんと落ちて来たのは一輪の白い薔薇。それを見て盗賊たちは腹を抱えてげらげらと笑いました。
「何かと思ったら手品かよ」
「面白いじゃねえか!」
 ブラン殿下は真っ赤になって俯いてしまいました。
 まさかこんな時にまで失敗してしまうなんてと、悔しい気持ちで身を震わせる殿下でございます。しかし、それでもスーリヤ姫だけは守らなければと、必死で考えを巡らせました。
「さぁて、遊びの時間は終わりだ」
 くつくつと笑いながら、再び盗賊たちは近づいて参ります。俯いたまま動かないブラン殿下を、今度はスーリヤ姫が庇うように前に出ました。しかしそんな姫の手を、ふいにブラン殿下は掴みます。そして、再び叫びました。
「茨よ、育て!」
 まるで爆発するように、一気に薔薇の蔓が伸び始めました。それは幾重にも分かれ生き物のようにうねり、盗賊たちの足に絡まります。
「う、うわっ」
「なんだこりゃ!」
「スーリヤ、今のうちに」
 盗賊たちが慌てふためくその間に、ブランはスーリヤの手を引いて家の外へ飛び出しました。


 盗賊たちの家を飛び出し走り出すブラン殿下とスーリヤ姫でしたが、すぐに茨を切り裂いて自由になった盗賊たちが追ってくるのが分かりました。
 森の中は盗賊たちのほうが慣れているようで、このままではすぐにまた捕まってしまうことでしょう。それでも足を緩めることなく懸命に走っていたブラン殿下でしたが、悔しい気持ちがそのまま口からついで出ました。
「ソルシェだったらあんな奴ら、鏡の魔法であっという間に退治できるのに……」
 しかしブラン殿下は林檎の魔女ではございません。それどころか教本なしではろくに魔法も使えないのです。その時、隣を走っていたスーリヤ姫がはたと思い出しました。
「鏡はないけれど、ソルシエール殿からこれを預かっているぞ」
 そう言って姫が取り出したのは――、
「魔法の教本!」
 ブラン殿下は思わず声を張り上げます。これさえあればもう少しまともに魔法を使うことができます。走りながら殿下がそれを受け取ろうとした時、
「おい、いたぞ! あそこだ!」
 背後から聞こえて来た盗賊の胴間声に、ブラン殿下はびくりと身を震わせてしまいました。固くこわばった指が受け取り損ねた本は、そのまま落下します。そして駆け出そうとしていた足に引っかかり、なんと遠くに蹴り飛ばされてしまったのです。
「ああっ!」
 ブラン殿下は悲鳴をあげます。盗賊たちはすぐ背後に迫っています。もう一刻一秒の猶予もありません。
しかしその時です。地面に落ちて開いた教本が、きらりと枝葉からこぼれ差し込んだ月の光を反射しました。
 教本の表表紙の裏側。そこには一枚の鏡が嵌め込まれていたのです。
 背後に迫った盗賊たちは二人を捕まえようと手を伸ばしてきます。ブラン殿下はとっさに声を張り上げました。
「鏡よ鏡、世界で一番恐ろしい魔女はだぁれ!?」
 答えはもちろん決まっております。それは――、

「あたくしです」

 ぼふんと吹き出した白い煙が晴れたとき、そこには林檎の唇を持つ魔女ソルシエール様が立っていたのです。
「ソルシェ!」
 ブラン殿下は歓喜の声をあげられます。
 ソルシェ様は突然の登場に驚き足を止めた盗賊たちを見て、眉をひそめます。
「まぁ、なんて醜い輩でしょう。こんなブサイクがあたくしの可愛い殿下を苛めようなんて、片腹痛いですわ」
 ソルシェ様は持ち上げた片手をふわりとひらめかせます。
「鏡よ鏡、あのブサイクどもを閉じ込めなさい」
 すると地面からにょきにょきと林檎の木が生え、まるで監獄のように盗賊たちを閉じ込めます。慌てた盗賊たちが剣で木を切り倒そうとしても傷一つつく様子がありません。もはや手も足も出ないことに気付いた七人の盗賊たちは、がっくりと肩を落としたのでした。
 


 

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